007 邂逅⑦/馬子にも衣装

 早朝、エヴァルトはエリザベートに朝食の後の紅茶を出した後、本日から開始する昨夜の事件の調査の準備を始めていた。襟を正し所持品を整理していた時、コンコンと自室をノックする音が部屋に響く。


「入ってきてください」


「失礼します」

 部屋に入ってきたのは屋敷のメイドであるリィヴァと、


「ほうこれは驚きました。馬子にも衣裳ですな」


 髪を切り、清潔感あふれるメイド服・・・・に身を包んだレオンの姿だった。亜麻色の髪は切り揃えられ、少女と見紛う愛らしい目が、昨夜と違って現れている。ボサボサだった髪は朝日を浴びて艶を帯びていた。


「おはよう、爺さん。リィヴァのせいでひどい目にあったよ」


「はっはっはっ! その様子だと隅々まで綺麗にされたそうですな!」

「全く笑いごとではありませんよ。どうしてこの子を屋敷に招き入れたのですか、エヴァルトさん」

 眼鏡の位置を直し、冷たく言うリィヴァをまあまあと老執事はなだめる。


「私の後継者を育てるためですよ」


「後継者ですか……」

 その言葉の意味をリィヴァは深く捉える。エヴァルトは高齢だ、そういう意味では次の世代が必要となる。


「話している最中に悪いんだけどよ、貴族ってのは男でもこんなひらひらとしたもんを着るのか? なんか勝手が悪くてたまらねえよ」

 レオンはメイド服の裾を持ち上げる。


「いいえ、それは女性用の仕事服ですね」


「あなたはそれが男性用の衣服だと思ったのですか?」

 朗らかに笑うエヴァルトと冷たい目で見るリィヴァ。その視線を浴びてレオンは赤面した。


「ふ、ふざけんなぁあああああああッ‼」

 レオンは今日何度目かの絶叫を屋敷に響かせた。


「俺の一張羅はどうしたんだよ! あれ結構お気に入りだったんだぞ⁉」

「ああ、あの身の丈に合っていない布のことですね。古かったので廃棄しました」


「廃棄って捨てたってことか⁉ じゃあ俺が着れるものって……」


「はい、そのメイド服しかありません」

 レオンは項垂れた。これまでともに窮地を駆け抜けた戦友を捨てられた挙句、女装までさせられたのだ。


 そんなレオンの様子を見て、エヴァルトは優しく語り掛ける。


「レオン、身の丈に合わない服は所有者の品位を地に貶めます」


「じゃあ、爺さんは俺がこの格好でいることに違和感はないのかよ……」


「…………違和感はありますよ」


「即答しないのかよッ⁉」


 エヴァルトは困惑した。昨日出会ったレオンの印象は、髪が長くぼさぼさで今日を生きることで精一杯な少年だった。しかし、いまや身だしなみを整え、長い前髪が無くなって現れたその瞳はまだまだ若々しく、肌にはハリがあり、やわらかな顔立ちをしている。

 

 それに対して自分の肌は枯れ始め、力は衰え始めている。数年前に出来ていたことが今日出来ないなんてことは山のようにある。


「やっぱり、若いっていいね……」


「……何言ってんだ爺さん……」


 そのレオンの言葉にエヴァルトははっと我に返った。心の中で呟いたつもりが言葉に現れたらしい。


 コホンと咳払いし、老執事はリィヴァへと真剣な眼差しを送る。


「リィヴァ、私はこれから街へと出ます。レオンはおそらく読み書きができないのでそちらの教育をお願いします。あと礼儀作法、テーブルマナーもお願いします」


「私は構いませんが……やはり昨日起きた騒動の件についてですか?」


「そうです。この事件がすぐに解決されればいいのですが」

 そう言ってエヴァルトは部屋を後にした。

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