006 邂逅⑥/身も凍る冬の日
屋敷の自室にてエリザベートは一息ついた。
「お嬢様、紅茶でございます」
「ありがとう、エヴァルト」
エリザベートは老執事エヴァルトの淹れた紅茶に息をふきかけ口を付ける。身も心も温まったところで彼女は話を切り出した。
「今日、街であったことを話してくれるかしら」
「はい。事件の後で住民に聞いた話なのですが、街の中心付近で突然の爆発が起こった後、キマイラ一頭と悪魔が現れたとのことです」
エリザベートは少し間を置き、意を決したように言葉を繋げる。
「被害はどれくらいかしら」
「確認が取れただけでも死者9名、重軽傷者合わせて17名といったところです」
「そんなに……」
「申し訳ありません、私がもっと早くに事に気付いてさえいれば」
「貴方のせいじゃないわ、エヴァルト。これは私の責任でもあるの。明日から街での調査に入るわ、協力してくれるかしら」
「もちろんでございます、お嬢様」
老執事は礼儀正しく主にお辞儀した。
◆◇◆◇◆
身も凍るような冬の日だった。作物は育たず、家畜は奇病にかかり、人々は飢えに苦しんでいた。親が子に少ない食糧を分け与え、自らは餓死していく非情な現実。
少年レオンもその渦中にいた。
やつれ、冷たくなっていく母。それを助けたくて街へと出掛けたレオン。そんな彼が街で見かけたのは暖かな衣服に身を包んだ貴族の姿だった。腹はでっぷりと肥えていて、ゲラゲラと嗤う姿にレオンは子どもながらに殺意を覚えた。
自分と母はこんなにも飢えと寒さに苦しんでいるというに、同じ人間であるはずの貴族はぬくぬくと暮らしている。そんな耐え難い屈辱は燃え盛るような怒りを生んだ。
強く拳を握り、貴族の前へ躍り出る手前で、レオンを押しとどめたのは家で待つ母のことだった。
「母さん……」
バシャーンッ! と冷水が眠っていたレオンの身体を打った。水は一瞬でレオンの意識を覚醒させ、彼ごとベッドを濡らした。
「何すんだよッ‼」
ポタポタと雫が流れる長い前髪の隙間から、水をかけた犯人を見る。
眼鏡をかけ、髪をきちんと結い留めた使用人のリィヴァである。
「レオン、起床の時間です。三度起こしたのにも関わらず起きないのでこの手段に出ました」
淡々というリィヴァにレオンはぶるぶると身体を震わせる。
「もっと別の手段があるだろ……」
「何を言っているのですか、あなたは今日からここで働く身です、いまから躾をしなければなりません」
リィヴァはレオンの濡れた髪に手を触れる。レオンの長い前髪を上げ、彼女はレオンと目を合わせた。じっと見た後に視線を下に向け、水をかけられさらにボロボロになったレオンの衣服に目を落とす。
「まずはあなたの衣服を用意し、髪を切らなければなりませんね」
リィヴァは自分より小さいレオンを軽く持ち上げ肩に乗せる。
「おい離せッ! 一人でも歩けるから!」
「あなたがその恰好でうろうろされると屋敷が汚れてしまいます」
ジタバタと暴れるレオンに気にせずリィヴァは部屋から出た。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
レオンは屋敷の中にある浴槽の中でリィヴァによって身体を洗われていた。
「動かないでください。手元が狂ってしまいます」
レオンは裸を異性に見られる羞恥さで顔を赤くした。まるで飼い犬のようにジタバタと暴れる。
「ずいぶんと汚れていますね、念入りに洗わないと」
リィヴァは淡々と仕事に集中する。そこには異性の身体を見て恥ずかしがる様子の片鱗さえ感じられなかった。
浴槽で身体を綺麗にされた後、濡れた髪のままレオンは別室へと連れ出された。
「さてと、次はその長い髪を綺麗に整えます」
リィヴァはレオンを鏡の前に座らせ、ハサミを手にとる。シャキシャキと金属の音を立て、リィヴァは散髪を開始した。
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