004 邂逅④/救助

 レオナルドは目の前に立つ初老の男に恐怖すら感じていた。

 男は突然現れ、人間を紙屑のように殺してきた魔物たちを瞬く間に全滅させたかと思えば、見ず知らずの自分に対して柔和な笑みを浮かべている。


「あんた……何者だよ」

「失礼、私はエヴァルトと申す者です。レイヴンローズ家で執事をしております」


 礼儀正しく挨拶する老執事にレオナルドは怪訝な顔をする。ただの執事があれほどまでの強さを持っているはずがない。


「これまた失礼なことなのですが、君に一つ頼みたいことがあります」


「頼みたいこと? なんだよ」


「生存者を探して私に知らせてほしいのです。なるべく重症な者から順番にね。瓦礫に挟まって身動きできない者もいると思いますが、そこは無理に動かさず、私が治療するのを待っていてください」

 エヴァルトの意外な言動にレオナルドは目を丸くする。


「俺が役に立つのかよ。そういうことは他のやつに頼め」


「ことは一刻を争います。こうしている間にも救える命が失われていくのです。それが私には惜しい。それに今この場所でまともに動けるのはあなただけと私は思っています」


 老執事の真っ直ぐな目にレオナルドは僅かに考える。これほどまでに誰かに頼られることはあったのかと。


「……爺さん、俺がこの件を引き受けたら報酬をいただく、それが筋ってもんだ。異論は認めねえ」


「構いません、私が用意できる範囲でしたら、何でも用意致しましょう」

「言ったな、その言葉忘れるんじゃねえぞ」

 

 レオナルドはそう言って生存者を探しに焼けた街の中を駆け出した。

 レオナルドは焼け払われた建物の瓦礫の隙間から生存者の声を聞く。


「爺さん、こっちにもいたぞ! 血を流しているが、まだ意識がある!」

 他の負傷者の手当てをしているエヴァルトに叫ぶ。すぐさまエヴァルトは瓦礫の下敷きとなっている者のもとへ駆け寄る。


「どうする、爺さん。とりあえず、この刺さっている木材を引き抜くか!?」

「いいえ、この木材が血が流れきるのを防ぐ役割をしているかもしれません。むやみに引き抜くべきではない」


「じゃあ、どうすればいいんだよ?」


「まず圧迫している木材をどかします、慎重にね。そしたら私が魔術で血の流れを正常にさせます。手伝ってくださいますか、少年」

「ああ、わかった」


 レオナルドとエヴァルトは呼吸を合わせ、重い木材をどかす。瓦礫に潰された男の苦悶の声が上がった。


「少年、5秒ほどで構いません、一人で支えていて下さい」

 エヴァルトはそう言って屈み、男の背中へと手を添え小声で何かを呟く。小さな光が老執事の手から溢れたと思ったら、男が少し安らいだ表情になった。


 レオナルドは感嘆した。いま目の前で死にゆくはずの人間の運命が変わった瞬間だった。


 エヴァルトは男を抱きかかえ、安全な場所へと運ぶ。そこへ、街の生存者たちが駆け寄ってきた。


「お爺さん、俺たちにも手伝わせてくれ!」

「分かりました。では私の支持の下、動いてください」

 その言葉を皮切りに街の住人は救助活動に参加する。


 エヴァルトの指示通り、負傷者を怪我の具合によって分け、より重症の者から順に治療していく。治療可能であれば木材や布などを使って止血や固定をし、出血がひどい場合には魔術を用いて傷口を塞ぐ。


 そのエヴァルトの手際の良さと医療知識、そして治癒魔術に街の男たちは瞠目した。


「爺さん、あんた本当に何者だよ……」

 木材を負傷者の腕に布で固定し、骨折による応急処置を施すエヴァルトにレオナルドは訊く。


「ただの通りすがりの老執事ですよ」


 人々の応急処置が終わる頃にはすっかり日が傾き、星々が姿を見せていた。

 エヴァルトは街の教会に負傷者が運ばれて行くのを見送る。


「ずいぶんと時間がかかってしまいました。お嬢様がお怒りにならないといいのですが」

 主が待つ馬車の下へ踵を返そうとしたその先に、先程助けた亜麻色の髪の少年が立っていた。


「先ほどは救助を手伝って下さり、ありがとうございます」

 エヴァルトは礼儀正しくお辞儀する。名前も知らないみすぼらしい少年に対してもそれは崩さない。


「爺さん、あんたはこんな俺にもそういう風に接してくれるんだな」

「はて、そういう風にとは?」

「俺みたいな薄汚いガキに対しても敬意を払っているところだよ」


 エヴァルトは頬をポリポリとかきながら少年を見る。

「君は人助けをした。それは誇っていいことです。私はその姿勢に敬意を払います」


「そっか……」 

 少年は数秒考えたのちに、意を決したようにエヴァルトを見る。


「爺さん、俺にその生き方を教えてくれ。あんたみたいに誰かに誇れるような生き方をしたいんだ」


 その言葉にエヴァルトは目を丸くした。遠い昔に置いてきた思い出を手繰るように懐かしさが脳裏をよぎる。


「少年、名前は?」

「レオナルド」


「レオナルドですか、良い名をしております。ですが、その名前をあなたが使うにはまだまだ未熟すぎます」


「はあ? じゃあ、なんて名乗ればいいんだよ?」


「そうですね、あなたの名前はレオン。レオナルドという名前はあなたが一人前になってからお使いなさい」

「レオン……なんか勝手が悪いな。それより俺に生き方を教えてくれるのか?」


「はい、君には私の執事業の全てを教えます。立派な私の後継者になって下さい」


「執事ぃ⁉ 俺が⁉」


「はいまずはお屋敷に戻らないといけませんね、話はそれからにしましょう。お嬢様が待っています」


 エヴァルトに連れられ、レオナルド改めレオンは一台の馬車の下へ来た。不思議な事にその馬車の周りは月明かりに照らされきらきらと輝いている。エヴァルトがその輝きに軽く手を添えると、それはたちまち消えていった。


「この馬車にかけていた加護の魔術を取り消しただけですよ」

 不思議そうな顔でその光景を見るレオンを横目にエヴァルトが呟く。


「エヴァルト、街の騒動は解決したの?」

 馬車の中から少女の声が聞こえた。


「はい、お嬢様。魔物討伐と怪我人の手当てに時間がかかってしまいました。貴重なお時間をとってしまい、申し訳ありません」


「構わないわ、人命が最優先よ。私も貴方のような力があれば、この馬車の中に隠れずに街に駆けつけていたわ。ところで、貴方の隣にいるのは誰?」


「先程、街で出会った少年です。怪我人の命を救ってくれました」


「そう、それはお礼をしなければならないわね」


「お嬢様、屋敷の者に心配させるといけません。積もる話はお屋敷に戻ってからにしましょう」


「そうね」

 

 エヴァルトは御者台に座る。レオンはどうすればよいか戸惑う。

「レオン、私の隣に座りなさい」


 レオンはエヴァルトの隣に座り馬車にしっかりとつかまる。ほどなくして三人を乗せた馬車は走りだした。



[後書き]

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