003 邂逅③/圧倒

 老執事エヴァルトは、燃え盛る街の中で少年と少女の前に立つ。


「心無き魔物に言葉は通じませぬ。されど、この地で貴様らが命を散らした者の代償は払ってもらいますぞ」

 エヴァルトは両の足に力を入れる。確かな怒りを秘めて。


「キィアアアアッ‼」

 悪魔の一匹が翼を広げ老執事に襲い掛かった。


「じいさん、逃げろっ‼」

 エヴァルトの後ろにいた亜麻色の髪の少年が叫ぶ。悪魔がその鋭い爪で老執事の身体を引き裂こうとするその刹那――、


 パンッ‼ といっそ景気の良い音とともに悪魔の身体が弾け飛んだ。

 少年の目にはエヴァルトは一切動いているようには見えなかった。


「思わず半分の力を使ってしまいました、大人気ない」

 エヴァルトは一歩前に踏み込む。反対に悪魔達は彼から距離をとった。


「老い先短いジジイが相手をしているのです、まとめてかかってきなさい若人」

 その言葉の意味を理解してかせずにか、悪魔達は一斉にエヴァルトに向けて襲いかかる。


 それに対しエヴァルトは少し姿勢を低くし、最初の悪魔の一撃を片手で受け止め、続く二撃目をもう片方の手で叩き落とし、悪魔ごと先程のように爆散させた。片手で悪魔を投げ飛ばし、他の悪魔達を巻き込んで遠くへ吹き飛ばす。


 圧倒的な実力の差は、その場にいた少年と少女にすら恐怖を感じさせた。


 エヴァルトの前にドスン、ドスンと地面を揺らしながらこの惨状の元凶が表れる。

 炎を吐き出す獅子の頭部に獰猛な山羊の胴体、そして鞭のようにしなる蛇の尾。

「ほう、キマイラですか」


 言うやいなや、エヴァルトは地面に両手を当て、口早に何かを唱える。

 次の瞬間、彼を囲うように光の円陣が現れ、彼の両隣から巨大な剣が二本顕現した。


 エヴァルトの身の丈をゆうに超える大剣。巨人のために作られたかのような一対の大剣はエヴァルトが手を触れた途端、浮かび上がった。彼は剣を空中に浮かせ、キマイラに向かって構える。


 キマイラは獄炎を吐き出す、それをエヴァルトは二本の剣を交差させるようにして防ぐ。エヴァルトはもちろんのこと、後ろにいる少年少女にも一切火の粉を近づけさせない。


 業を煮やしたキマイラは激しく突進し、二本の大剣に獰猛な爪を立てた。ガギンッ‼ と剣と爪が火花を散らす。


 スパッと鞭が空気を切り裂くようにキマイラの尻尾である毒蛇がエヴァルトに襲い掛かる。それを彼は身を翻し蛇の頭ごと地面にかかとを落とした。バキバキと地面を割り、蛇の頭は絶命した。


「ウォオオオオオオオオオッ⁉」

 キマイラは尻尾を喪った痛みに咆哮を上げる。


「もう黙りましょうか」

 その声を合図に、キマイラの頭部と胴体に二本の剣が突き刺さり、戦いは終わりを迎えた。


「さてと」

 エヴァルトは指先から空に青い光を打ち上げる。ほどなくして、燃え盛る街の範囲に雨が降り注いだ。


 彼は生存者である少年と少女のもとへ歩み寄る。少年は足を震わせ、少女は完全に腰を抜かしている。


「もう大丈夫です、脅威は消し去りました」

 老執事は柔和な笑みを浮かべる。それはまさに好々爺の笑みであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る