最終話:ずっと僕のそばにいてよ。
昨夜、健太は幽霊の雛子を抱いた。
次の日曜の朝は、この上ないくらい爽やかな目覚めだった。
だけどキッチンで顔を合わせたふたり・・・どことなくぎこちない。
結ばれたんだから遠慮なんかもういらないんだけど、どこか遠慮してる。
「あ〜・・・あの、おはよう雛子ちゃん・・・雛子」
「おはよう健太・・・」
「すぐに朝食作るね」
「あのさ・・・私、元彼のところに行って来ようかと思うの」
「え?行っちゃうの?」
「うん、今のままだと、私の気持ちの整理もつかないし・・・だから元彼の
ところに行って元彼のことも私のことも、もう一度思い直してみようと
思って・・・」
「そう・・・そうだね・・・それがいいかも」
「なに?・・・止めないの?」
「僕の思惑で雛子の自由を束縛したくないし・・・」
「そう・・・そうだね」
そこまで言ってお互い黙った。
健太の本心は、雛子が元彼のもとに行ってほしくないってことだった。
一度でも雛子と繋がってしまうと、健太の想いは今までとは違う。
男はウブだから、初めての女に依存してしまう。
昨夜のことを思い出すと恥ずかしいんだけど嬉しくもあり、ちょっと悲しかった。
昼過ぎ雛子は健太に「行ってきます」を言って家を出た。
「行っちゃったか・・・もしかしたらもう帰って来ないかも」
「切ないよ、雛子・・・」
「昨夜のことは一夜かぎりのことだったのかな?」
「あれは雛子の愛情じゃなくて、僕に対する同情?」
「僕の恥ずかしい思いを雛子の優しさで包み込んでくれたのかな?」
なにかしていないと悪いことを考えそうだった。
家にいても落ち着かなかった健太は外に出て当てもなく街を徘徊した。
雛子が帰って来るのをじっと待ってなんかいられなかった。
もしかしたら帰って来ないかもしれない女を・・・。
電気屋を覗いたり本屋に入ったりゲームセンターで時間をつぶしたり
でも結局、どこにいても、なにをしても上の空だった。
健太は当てもなく日が暮れるまで街を彷徨った。
だからアパートに帰る気にはならなかった。
もし、帰って誰もいなかったら・・・誰もいない冷え切った部屋に
雛子がいなかったら・・・。
ため息しか出ない健太だった。
健太は駅のベンチに座って赤く染まった空を、なにげなしに眺めていた。
時間だけがただ虚しく過ぎていく。
「健太?・・・そんなところでなにしてるの?」
「え?」
健太が声のしたほうを振り向くとそこに雛子が立っていた。
「雛子・・・」
「雛子〜」
そう言うと健太の心の中の堤防が一気に崩壊した。
すぐに立ち上がって思い切り雛子を抱きしめた。
「健太・・・」
「どこにも行かないで・・・ずっと僕のそばにいてよ」
「落ち着いて健太」
「心配しなくても、私元彼のもとには戻らないから・・・」
「どうだったの?・・・元彼に会えたの?」
「行ってはみたけど・・・元彼が以前住んでた部屋を訪ねてみたんだけど・・・」
「もう引っ越したみたいで、別の人が住んでた」
「だから、もういいの・・・これ以上元彼を追いかけてもしょうがないからね」
「だから、私も自分の心にケジメをつけたの」
「私がほんとに愛する人はひとりだけ・・・」
「だから・・・健太のもとに帰って来てもいいかな?」
「いいいに決まってる・・・僕はそれを望んでたんだ」
「健太・・・」
健太と雛子は、めでたくお互いを認め合ったみたいだ。
結局、雛子は黄泉の国にも帰らず、幽霊のまま健太とラブラブで暮らした。
あるようで、ないような人間の男と幽霊の女の恋。
みんな知らないだけで世の中にはそう言うカップルが他にもいるかもしれない。
に、しても幽霊とエッチができるんだから・・・それなら赤ちゃんは?
幽霊も妊娠するのかなって素朴な疑問が湧く。
でもそれは一年後か二年後には分かることなんだろう。
もし健太が自分と雛子との間にできた子供を抱いていたとしたら、それこそ
前代未聞な話だと思わない?
おしまい。
酔った勢いで幽霊をお持ち帰りしちゃったみたい。 猫野 尻尾 @amanotenshi
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