第9話

私の父親から見て、障害を抱えた私は「不憫で可哀想な娘」であるらしい。

そして両親にとって私の抱える障害はただの『病気』である。


なので父は事あるごとに私に対して「不憫でならない」「可哀想…」と言う。


そして私が精神的に辛い時、両親は私を励まそうと

「病は気からって言うから気持ちをしっかりもちなさい」「自分で自分の病気を作ってるんだよ」とよく言う。そんな私は解離性同一性障害をもう24年も

抱えている。


そして両親を含め周りの人達は笑顔で「頑張れば治るよ」と言う。


その「頑張れ」で幾度となく私は追い詰められてきた。頑張って治るのならとっくに治っている。


24年も苦しんでいない。

あえて言わせてもらう。解離性同一性障害は気合いで治る物では無い。きちんとした治療が必要である障害である。風邪や怪我とは違い、自然と治るものでも無い。


両親にとって私は『病気』であり障害を抱えてはいない。その為私が他の人格達、主人格の話をするのをすごく嫌う。無かった事にする。障害を抱えている事は我が家では話題にもしてはならない。


タブーなのである。


私は両親の前では「頑張る」事を強要されている。

「頑張れば治る」からだ。


昨年から主治医に「本格的な治療が必要だから入院が必要だ」と言われている。それくらい私は精神的、身体的に非常に厳しくなってきた。


しかし両親はハッキリ言った。

「入院したら親子の縁は切る」「帰ってくる家は無いと思え」と…。


私は主治医から入院を勧められている中、未だ本格的な治療が出来ない。させてもらえない。


私の『病気』は「頑張れば」自分で治せる、自然と治るモノだから…。

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