第12話 黒級冒険者、優雅に紅茶を飲む

「エルヒドールはどこですか?」


 一昨日まで泊まっていた宿屋とは別の宿屋で、ウルクはパーティーメンバーに問いかけた。


 一人は巨大な戦斧を背に、一人は片手剣と盾を装備し、そして紅一点は弓を手入れしている。


「さあ? 逃げたんじゃないか?」


「ウルクが苛めるから」


「あいつはあたし達の中で最も弱かった。そもそも黒級の器じゃなかったのさ」


 三人はクスクスと嘲笑う。


「……消されましたか」


「は? 消されたって? それはお前さんが言ってたアクって野郎にか?」


「信じられないが、ウルクよりも強いとか」


「純粋な戦いという意味ではそうですね。ただ、最後に生き残るのは僕ですが」


「そりゃあ、レイスであるあんたを殺すのは無理だろうさね。現にその体はもう元通りになっている。まったくあんたは化け物だよ」


 全身を切り刻まれ、胸に風穴が空いていた体は、既に治療を終えていた。

 致命傷が致命傷にならない。だからレイスは無敵。


 リビティナはそう言いたいのだろうが、ウルクからすれば素直には頷けない。


 というのも、レイスには天敵がいた。

 それも闇側の存在で。


 だからこそ、ウルクはノスフェラトゥと手を結んでいたのだが……。


「あなた達は、これからは三人で動きなさい。あと数日でノスフェラトゥから彼が派遣されてきます。それで全てを終わらせます」


 彼とは、アクに尾行されていたあの夜、使い魔を通してノスフェラトゥに要求していた人物だ。


「お前さんがお熱になってる女はどうする?」


「シロナを手に入れるのはこの一件が片付いてからで構いません。ひとまずはアクとフードの女を始末することに集中しましょう」


「了解。それじゃあ、リビティナの宿も取っとかないとな」


「いや、あたしはいいよ。今夜はお偉方の相手をしないといけないからね」


 リビティナが許可を取るようにウルクを見る。


「十分注意しなさい」


 ウルクは許可を出す。

 金を集めるにはリビティナの仕事が必須だ。


 それに刺客に狙われているからといって、中止させるわけにはいかない。リビティナの催し物には、国内だけでなく他国からも貴族が集まるのだから。


「しかし……アクって野郎の情報は一向に出てこないな。一体何者なんだ?」


 それは確かに気がかりではある。あのノスフェラトゥでさえそんな人物は知らないとのことだった。

 周辺国家最大の秘密結社が未知とする存在。目的も雇い主も不明。


 そんな者にウルクは命を狙われている。


「困ったものです」


 そう答えながらも、未だ余裕があるウルクは、優雅に紅茶をすすった。





 リビティナの裏家業。それは自らが所有する屋敷の地下で開催するギャンブルだ。


 ガラスを隔てた先に視線をやれば、武器さえ与えられていない奴隷が魔物相手に必死に抵抗している。


 思わずリビティナは笑った。

 人間が食い殺される光景とは、どうしてこんなにも自分を興奮させるのか。


 始まりは両親が食い殺される瞬間を目の前で見た時。なに不自由なく暮らしていた幸福な人間が、圧倒的な暴力によって命を奪われる。

 リビティナはそこに美しさを感じたのだ。


 その心の働きを自覚してから、このギャンブルは始まった。つまるところ、元々は趣味でやっていたことだ。


「それが金を呼ぶなんてねぇ」


 自分とは別室で、地位ある人間がこの光景を観察していることだろう。


 リビティナは振り返って出口の方を眺める。

 そして、驚きのあまりに目を見開いた。


 いつの間にか、一人の男が扉の前に立っていたのだ。


 見れば、その髪色は茶に染まっている。その右手には漆黒の剣が握られていた。


「……あんたがアクかい?」


 問いかけるが、茶髪の剣士からの反応はない。


 ぼんやりした顔だ。漂わせている雰囲気も警戒するには値しない。

 ただ、リビティナに気付かれず室内に侵入していたという事実は認めなければならない。


「やはり、エルヒドールはあんたに消されてたってわけかい。どうやら雑魚をひねって喜んでるようだけど、あたしはそう簡単にはやられないよ」


 リビティナは背中に携えていた弓を構える。

 矢は必要ない。

 この弓はいわば魔術師にとっての杖であり、魔力を込め、属性の塊を放つための武器。


 リビティナは魔力を雷に変えて、渾身の一矢を放つ。


 しかし。


 アクが漆黒の剣を一振りしただけで、雷の矢はかき消えた。


「なんっ……!」


 喘いだ直後、アクの姿まで消えた。


 どこに行ったのか。

 リビティナは次の瞬間にそれを知ることになる。


 突如として、背中に灼熱感が走った。


「ああああ!」


 リビティナは激しい痛みを感じて前方によろめき、それから後ろを見た。


 そこでは、アクが剣についた血を払っていた。


 リビティナは痛みに悶えながら叫ぶ。


「何をしたんだい!」


「【十災禍】の四秒後に付与される、瞬間移動の力を使って君の背後へ移動した」


 答えると思ってなかったリビティナは唖然とする。いや、それよりもアクの発言に対して唖然としたと言う方が正しい。


「瞬間移動……?」


 それが本当なら勝てる筈がない。突然消える相手にどうやって戦えというのだ。


 リビティナは振り返ると、出口へ向かって走った。

 扉へたどり着き、こじ開けようとする。


 しかし、何故か扉が開かない。


「な、なんで!」


 押しても引いてもビクともしない。ガチャガチャと焦らせるような音が鳴るだけだ。


 そして背後からは別の音が迫る。


 コツ、コツ、コツ。


「うああああ! 近づくんじゃないよ!」


 錯乱したリビティナは体当たりをして、何とか扉をぶち破った。転がるように廊下へ出る。


 だが、そこでリビティナは悲鳴を漏らす。


 無数の死体が廊下に横たわっていたのだ。

 どの死体も一刀のもとに切り伏せられ、ピクリとも動かない。


 つまりは、それが邪魔で扉が開かなかったということ。


「ひいっ!」


 恐怖を抑え込んでリビティナは走る。


「はっ、はっ、はっ」


 血の匂いが酷い。どこに行っても血液特有の鉄臭さが染み付いている。まさか、屋敷にいた警備を全員殺したというのか。

 しかも、誰にも気付かれることなく。


「あたしは違う! エルヒドールのようにはならないよ!」


 自分に言い聞かせないと正気を保てなかった。なぜなら──。


 コツ、コツ、コツ。


 一定間隔で刻まれる音。歩くような速度なのに、すぐ後ろを冷たい音がついてきている。


 そこでようやくリビティナは気づいた。

 瞬間移動する相手に逃げることなど不可能なのでは、と。


 それでも一縷の望みをかけてリビティナは階段を登り、一階に出る。


 玄関だ。

 扉だ。


 一度だけ振り返るが、アクはいない。


 出られる!


 外へ──


 そしてリビティナは絶望する。


 外の景色は黒一色に染まっていた。

 夜だから、というわけではない。


 リビティナを阻む黒。それは無数のコウモリの羽。


 おびただしい数のコウモリが、屋敷全体を取り囲んでいた。


「どういうことだい、これは……」


 恐ろしいことに生きているのは間違いない。血のような真っ赤な目が、リビティナの動きを追っているのだから。


「──君は興奮するのだろう? 人が食い殺される光景を見て」


 誰の声かなど分かり切っていた。

 リビティナは振り返ると、絶叫する。


「だからって自分がそうなりたいなんて思っていないよ! あたしが何をしたって言うんだい!」


「別に止めろと言っているわけではない。君は君の好きにすればいい」


 アクはゆっくりと漆黒の剣を振り上げる。


「……ただ、君の悪は俺にとって不快だという話だ。悪同士、相容れないなら消すしかないだろう?」


「くそったれめ!」


 この狂った男には話が通じない。

 逃げ道がないことを悟ったリビティナは、覚悟を決める。


 ──コウモリなら突破できるかもしれない。

 リビティナは黒級冒険者に相応しく、筋力も優れている。そこらの魔物なら素手で殺せるほどだ。


 ごくりと唾を飲み込み、張り叫ぶ。


「あああああ!」


 リビティナはコウモリの壁に突進した。

 数十体は蹴散らすが、空いた穴は即座に別のコウモリで埋まる。


 もはや逃げ場はない。

 リビティナはコウモリに覆い尽くされて、全身を噛み砕かれた。


「二人目」


 その声を最後に、リビティナは無数のコウモリに食い散らかされた。


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異世界で悪の組織の末端構成員になった俺、ボロボロの王女や美少女冒険者を拾って好き放題に魔改造する むね肉 @mwtp

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