第11話 末端構成員の俺、本気で動き始める
死霊。
それは怨念が魔物化した存在である。
魂そのものとも言えるし、生気や魔力の塊とも言える。
取り憑く宿主を次々変えていくことが出来るため、物理的な手段では滅ぼせない。
倒すには幾つかの方法がある。
宿主の体から出てきたところに魔法攻撃を放つ。あるいは神官による浄化や退散。そういった手が効果的である。
そしてその生前は……強い恨みを抱えて死んだ人間だったことが多い。
そのため狙った獲物に対し、異常な執着を見せる傾向にある。
【アンデッド最終進化論】より一部を抜粋。
ロナンス・リッチー著
◆
ウルクを尾行した翌日、俺は何事もなかったように組合でシロナと会話を交わしていた。
「今日も平和ねー」
「ですねー」
俺は素知らぬ顔で同意する。
ふふふ。一般人は知らなくていいんだ。昨日起こったような、水面下での悪の組織の抗争はね。
「でも……本当にウルクの奴どうしたのかしら。このまま諦めるとは思えないし……。って、ベルにこんな話しても仕方ないわよね。ごめん」
「いえ、構いませんよ」
俺は軽く肩を竦めると、続けて問いかける。
「それより、俺と話してばかりでいいんですか? 依頼とか受けたりした方がいいんじゃ」
「流石に今は休業中よ。この状態が続くようなら復帰するけど」
「パーティメンバーとはどういった話を?」
「ああ、そういえば言ってなかったわね。私、ソロでやってるのよ」
「ソロ?」
「ええ。恥ずかしい話だけど、私には剣とか魔法の才能がなかったの。そうするとちょっとね……」
シロナは言葉を濁すが、やがて語り始める。
「まあベルならいいかしら。……ほら、例えば実力が近い人同士でパーティーを組んだとしても、一緒に経験を積んでいく内に他のメンバーと差が出てきちゃうでしょ? それが気に食わなかったのよ」
シロナはうげっと苦い顔をする。
あとで色々言われたくないので、ここは適当に慰めておこう。
「それでも金級までランクを上げたんですよね? しかもソロで。すごいことだと思います」
少し前に聞いたんだが、シロナは上から四番目の冒険者ランクである金級らしい。
金級というと、小さな町なら一人いるかどうかってところだ。
彼女の言葉通り才能が無いなら、だいぶ努力したんだろう。
「でも後輩にはどんどん抜かれていったけどね」
シロナは皮肉げに笑う。
「何度辞めようと思ったか分からないわ」
彼女は何とも言えない寂しげな表情を浮かべる。
その横顔を見て何を思ったのか、俺は珍しく真面目な声音で返答してしまった。
「でも、辞めてない」
シロナの表情が一気に凍りついた。
まあ、俺は根性がねじ曲がってるので、こういう踏み込んだ話は今まで振ってこなかった。
しかし、こう毎日顔を突き合わせて話していると、少しくらいは彼女の人となりを聞いてみてもいいかなと思うものだ。
「理由を聞いても?」
問いかけると、シロナは観念したように語り始めた。
「好きだからよ。私は冒険が好きなの。知らない場所を知ってる場所に塗り替えていく。あの瞬間に私は感動するの」
「へぇ、意外と正統派な理由ですね」
「私をなんだと思ってるのよ。こんなに美人で性格もいい女は二人といないわ」
性格の方はどうだろう。
「──ま、そんなわけで私は才能もないのに冒険者にしがみついてるの。毎朝剣を振る日課だってやめられないわ」
ちょっと分かるな。
俺だって才能がないって理由で好きなことを諦めたりはしないし。
ただ、今になって思い返せば、他の冒険者がシロナを見る目には少しの哀れみが含まれていたような気がする。
ソロの冒険者なんていないのに、それでも必死に足掻くシロナの姿が見てられなかったのかな。
そんなことを考えつつ他の冒険者を眺めていたら、シロナが俺に向かって口を開いた。
「ベル、一つ言っとく」
そして告げる。
「誰に何を言われようと関係ないわ。私は私がやりたいことを貫くだけ」
その言葉に対して、俺は返答できなかった。
「それに、ね……。これは勘でしかないのだけど、私はこんなにのんびりしてていいのかなって思うのよね」
「……というと?」
「誰かがウルクと戦ってくれている。そんな気がするの」
シロナはどこか確信めいたように言った。
「もしそうだとしたら、そのお陰でウルクは私に手を出せてないってことじゃない? それなのに鍛練もせずに呑気にしてるだけなんて、無神経ってものよ」
「ふーん、そういうものですか?」
「ええ。そういうものよ」
シロナは深く頷いた。
話が一段落したと判断した俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、今日はここで」
「そう? じゃ、また明日ね」
「あー、明日からは来れなくなるかもしれません。ちょっと忙しくなるので」
「忙しくなる?」
俺は返事をすることなく意味深に笑うと、この雑談の日々を送る中で初めて、シロナより先に組合から出た。
別にシロナがどうってわけじゃない。俺の中に眠る悪の美学は決して揺るがない。
ただ、一つだけ彼女の言葉には突き動かされるものがあった。
『誰に何を言われようと関係ないわ。私は私がやりたいことを貫くだけ』
その言葉だけは、共感せざるを得なかった。
だから──。
「ちょっと本気で動くか」
◆
ウルクのパーティは、ウルク本人を含めて五人で構成されている。
リビティナ、バサルト、キケ、そして最後の一人。
軽戦士たるエルヒドールは、荒れていた。
「ちっ。もう動かなくなったか。おい、支配人! 次までに新しい女を用意しておけ。分かったな」
「畏まりました」
つい先ほど死んだ女から視線を切ると、エルヒドールは違法な娼館から出る。
「どいつもこいつも俺を苛立たせやがって。特にウルクの野郎……」
──あの茶髪の剣士、アクを探し出して報告しなさい。できなければあなたには死んでもらいます。
その言葉は、昨日アクとフードの女を取り逃がした後、ウルクから告げられた命令だ。
「逃げるか? しかしな……」
あのノスフェラトゥと一時的に手を結んでるウルクだ。逃げるのは難しい。
どうするかと頭を悩ませていた、その時。
コツ、コツ、コツ。
前方から革靴の音が響いた。
そちらに視線をやれば、エルヒドールの行く手を遮るように男が立っている。
夜の闇のせいで顔が分からない。
「なんだ、貴様は。そこをどいてもらおうか」
傲慢に言い放つが、男は動こうとしない。
気が立っていたエルヒドールは細剣を抜く。
そして一気に踏み込もうとするが、それよりも先に、月明かりに照らされて男の顔が露になる。
エルヒドールは驚愕に叫んだ。
「茶髪の剣士!」
自らをアクと名乗った恐ろしいほどの強者。
「な、何をしにきやがった! いや、そんなことはどうでもいい! 消えろ! いま引き返すなら見逃してやる!」
虚勢を放つが、アクは一切応えない。
──こいつには勝てない。
昨日、嫌と言うほど実力差を教え込まれたばかりだ。戦う気なんて毛ほども起きない。
ウルクの命令だってどうでもいい。
とにかく生きたい。生き残りたい──。
エルヒドールは背中を見せて走った。
軽戦士であることを生かした脚力で細い道を抜け、建物の壁を蹴って登る。
しかし。
コツ、コツ、コツ。
冷たい音はすぐ後ろをついてきていた。
「ちくしょう!」
エルヒドールは走る。
狂ったように走る。
もはや剣は捨てていた。こんな頼りにならないものを握っているより、少しでも身軽になった方がいい。
だが、どんなに速く走っても、どこに行っても、革靴の冷たい音が耳を離れなかった。
「い、いやだ!」
エルヒドールは魂から悲鳴を上げる。
涙が流れて、股間が濡れた。
そして──。
「まず一人」
耳元で聞こえてきた声を最後に、エルヒドールの意識が戻ることは二度となかった。
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