第10話 末端構成員の俺、正体を掴む

 迂闊。

 俺は自分の失態を悟る。

 興味深い光景に目を引かれた挙げ句背後を取られるなんて、いくら何でも間抜けすぎる。


「いやしかし……好奇心とはそういうものだろう。他人の言葉や自分の命では到底抑えられるものではない。君もそう思わないか?」


 首筋に当てられた冷たい刃物の感触を味わいながら、俺はそんな感想を口にする。


「何を一人で言っている? そのまま動かないでもらお──」


 脅しも刃物も全部無視して振り向く。

 刃物に首の皮を割かれるが、俺はそのまま手を伸ばして相手の頭を掴みにかかる。

 相手が足を引き飛びのいた。


 俺の手は何もない空を掴む。


「残念だ。もう少しだったんだが」


「野郎……」


 前方を見れば、軽装鎧を着用した男がいた。たしかウルクのパーティーメンバーだった気がする。


「あれだけの優位を取ってそのざまですか、エルヒドール」


 ウルクが俺の背後に降り立つ。ここは結構な高さの建物の屋根だが、一足でジャンプしてこれるらしい。


「少し油断しただけだ! 本気ならこんな奴やれるさ!」


「見苦しい言い訳は聞きたくありません。実力が不足しているなら他の者を手配します。……さて、あなたが例の茶髪の剣士ですか。なんでも、僕の部下達を葬ったとか」


 俺はウルクの問いかけをスルーして、首の出血だけを止める。

 普通の吸血鬼は傷口が勝手に再生されていくが、アンデッド因子を使った俺の魔改造は、自分の意思で再生するか決められるんだ。


「聞きたいんだが、これは二重尾行をしていたということなのか?」


「違います。僕は常に護衛をつけてるんです。そこにいるエルヒドールがあなたを尾行できたのは偶然ですよ。そうでなければ、あなたほどの手練れを発見することは出来なかったでしょう」


「黒級冒険者にお褒めいただけるとは光栄だ」


「強者を称えるのは当然のことです。それで、あなたは何者ですか?」


「そうだな……。アクとでも名乗っておこう」


 安直だが、名字のアークスを縮めてアク。悪とも微妙にかかっているのがポイントだ。


「どこの使いですか? 神殿勇者の勢力でしょうか? あなたの目的は?」


「聞きたいなら腕ずくでやってみるといい」


「それもそうですね」


 ウルクは魔法で長剣を作り出す。

 合わせて俺も漆黒の剣を作ると、ウルクへ斬りかかった。


 エルヒドールとかいう男は後回しだ。俺が知りたいのはウルクの情報なのだから。


 振り下ろした俺の剣を、ウルクが受ける。

 体格差とは反対に漆黒の剣は長剣を押し込む……がそこまでだった。

 ウルクの剣がギャリと横に逸れて、俺の剣は受け流された。


 腕に力がこもっていた俺は体勢を崩し、泳がされる。


 そこにウルクが魔法を放ってきた。


「【暗黒槍】」


 屋根から突き出してきたドリル状の槍が、不安定な体勢の俺の顔面に迫る。

 俺は一瞬だけ足に竜王細胞を現出させて槍を強引に回避する。

 斜めに転がると、そのままの勢いで反転しウルクの右足を切り裂く。


 ウルクは足から血を流した。

 視界の隅でその様子を観察するが、再生する気配はない。つまりウルクは吸血鬼じゃないということだ。


「今のを躱した? どうやって? エルヒドール、何を突っ立っているのですか。加勢しなさい」


「あ、ああ」


 気圧されながらもエルヒドールは俺を挟み込むように立つ。

 当たり前だが二対一はしんどい。ウルクには及ばないものの、エルヒドールも結構強そうなんだ。このまま押し切られる可能性はある。


 ので、俺も隠していた手札を切る。


「今だ」


 命じると、フードを被ったエマがウルクの背後へ飛び出し、その背中に白銀の剣を突き刺した。


 ウルクの胸から剣が突き出る。


「かはっ……」


「なっ! ウルク!?」


 エマが剣を引き抜くと、ウルクは吐血しながらゆっくりと倒れる。ふらふらと屋根に沈み、彼の巨体に耐えきれずにレンガが割れた。


 闇に消えたエマがここにいる理由は単純。俺が彼女に二重尾行するよう指示していたからだ。

 だからこそ、俺はウルクに二重尾行していたのか聞いたんだ。


「う、嘘だろう……」


 ぴくりとも動かないウルクの姿に、エルヒドールは絶句している。


 一方で俺は違和感を感じていた。


 こんなあっさり勝てる相手じゃないだろう。

 ウルクは辺境伯とはモノが違う。対面した圧力が段違いなんだ。


「……立ったらどうだ? 俺に死んだふりが通用すると思わないことだ」


 俺が呼びかけると、微動だにしなかったウルクの口元がわずかに開いた。

 感心したように話し出す。


「──これはこれは、失礼しました。ですが、あなたが初めてですよ。僕の芝居を初見で見破ったのは」


 ウルクは平気な顔で立ち上がる。その胸にはさっきと変わらず風穴が空いており、出血していた。

 人間や吸血鬼なら確実に致命傷だ。


「……不死身?」


 エマの呟きに、俺は首を横に振る。


「違うよ。不死身の化け物なんてこの世に存在しない」


 幾つか不死身のカラクリの候補はある。

 よし。確かめてみるか。


「俺の動きについてくるんだ、いいね」


「分かった」


 俺はエマと共に駆ける。

 お互いの間合いで動き、お互いの隙を埋めるように剣を振る。

 一緒に戦うのは初めての筈だが、俺達はまるで歴戦の相棒のように見事に連携を取れていた。


 対してウルクとエルヒドールは全く息があっていない。俺達はウルクを何度も切り裂いた。

 そしてその果てに俺は彼の正体を察する。


「なるほど、よく分かった」


 俺は漆黒の剣を下ろす。


「何をしているのですか? 僕はまだピンピンしていますよ? それとも諦めたのですか?」


 血に濡れたまま笑うウルクに、俺は一言答える。


「ここで戦う意味はない」


 ウルクの情報を得るという目的は達した。成果としては十分だ。


 俺は血の魔法の一つ、【眷属召喚】を行使して無数のコウモリを呼び出す。

 密集し、一つの塊となったそれらは、俺とエマを丸ごと覆い隠す。


「また会おう、ウルク・クシャルダス。次はもっと相応しい舞台で、君か俺。どちらかが死ぬまでやろう」


 そう宣告すると、俺達はその場から去った。





 帰り道、俺はエマと情報のすり合わせをしていた。


「ウルクがしたいことは分かったよ。あと彼の正体もね」


「あいつ、何だったの? 斬っても斬っても死なないし、本当に不死身かと思った」


 聞き返したエマに、俺は即答する。


「レイス」


「……レイス?」


「そう。レイス。アンデッドの一種だよ。人間の体に取り憑いたりするんだ。ようは中身を滅ぼさないと死なないってわけだ」


「それが不死身のカラクリ?」


「その通り。体の方はとっくの昔に死んでるだろうね」


 声や喋り方に違和感があったのもそういうことだ。本来の体の持ち主の声ではなく、レイスの声や人格が反映されていたんだろう。


「なるほど……」


「それと、レイスには別名があるんだ」


「何ていうの?」


 俺は一拍置くと、答える。


「──死霊、なんて名前で呼ばれてるね」


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