第9話 末端構成員の俺、尾行する
あの日以来、シロナは俺に懐いた。
「ベル!」
組合に併設されている酒場兼食堂で朝食をとっている俺の元にシロナがやってきた。
「今日も早いわね!」
「どうも」
俺は軽くお辞儀をする。
「座りますか?」
隣の椅子を引きながら問いかける。普通なら対面に座るんだろうが、もうシロナの習性を知っているので無駄なことはしない。
「ええ」
と、答えつつシロナは誰かを探すように周囲を見渡す。これは彼女の日課だ。
「……今日は居るかしら?」
「いえ、今日もいませんよ」
「そう!」
シロナの表情がパアッと明るくなる。
近頃、彼女の機嫌はすこぶる良い。というのも、あれからぱったりウルクが迫ってこなくなったからだ。
「何回も言うけど、本当にありがとうね。私が今こうしていられるのはベルのおかげだわ」
「どういたしまして」
一々気を遣われるのも面倒なのでそう答える。
というか、別に問題は何も解決してない。
俺とシロナの吸血鬼に関する証言は宙に浮いたまま放置されてるし。
まあ多分、ギルド長が全力で隠蔽しようと頑張ってるんじゃないかな。
一方で気になるのはウルク側の動きだが、準備があるとか何とか言ってたので、今は嵐の前の静けさといった感じだ。
そんなこんなで、組合内は割と静か。他の冒険者も俺達を遠巻きにちらちら見てくるだけだ。
ただし、シロナからすれば自分の証言を揉み消されるというのは、梯子を外されたようなものなので、彼らの態度には思うところがあるらしい。
「またこっち見てる……。言いたいことがあるならハッキリ言えっての。ほんっとムカつくわね」
シロナは毒づく。
彼女は正義側と見せかけて、意外とこっちの世界の人間として見込みがある。
きっと今日も今日とてその闇の一面を見せてくれるだろう。
「ねぇねぇ、ベル。ちょっと見てて」
シロナは首を振ると、一つ前のテーブルに座っているスキンヘッドの冒険者と目を合わせる。
今日は彼に決めたようだ。
冒険者を見つめたシロナは、まるで女神のように優しく微笑んだ。
スキンヘッドの冒険者は顔を真っ赤にして俯く。
「今の顔見たぁ!? 私がちょっとはにかんだ時のあいつの顔! 耳まで赤くして喜んでたわよ!」
ぷぷぷ、とシロナは口を押さえて笑う。言ってる君もだいぶ喜んでるけどね。
シロナは自分が美人なことを分かってる。普通に性格悪いんだ。
まあ個人的にはあざとい子よりは断然いい。いや、むしろ悪人としては最高だね。
「男を虜にするのに肌を露出したりスキンシップを使う女は三流だわ。本物は笑顔ひとつで民衆を動かすの」
男を民衆言うな。
「あー、スッキリした」
シロナは伸びをすると、思い出したように口を開く。
「ところで、ベル。あなた、あの茶髪の御仁と話したのよね? その時に行き先とか滞在してる宿とか言われなかった?」
「特に何も言われませんでしたね」
「そう……残念だわ。もう一度お会いしたかったのに」
シロナはうっとりしながら語る。
「吟遊詩人が歌う物語に出てくる騎士様のようだったわ。お名前は何て言うのかしら」
ベル・アークスと言います。よろしくお願いします。
「あ、でも勘違いしないでよ? 冒険者として彼の強さに憧れてるだけだから」
勘違いしてないし、聞いてもない。
さっきからというか、当初から俺は薄い反応しか返してないが、それでも彼女はやたらと話しかけてくる。
今日何があったとか、明日は何がしたいだとか。そんな雑談。
俺じゃなくて彼氏にでも話せばいいのにね。
まあ親しくなれたし、何でもいいか。
「そういう意味で言うと私は……」
シロナは俺を見つめる。
ん? 突然どうした? なんでそんな濡れたような瞳で俺を見る。
「ベル!」
「はい」
「わ、私は……私は! 普通の人が勇気を出して助けてくれる方が、その、嬉しいわ……」
シロナは顔を赤くする。それから耐え切れなくなったように立ち上がった。
「いい? 一回しか言わないわよ」
シロナは明後日の方向を見ながら告白した。
「あの時はかっこよかったわ、ベル!」
そう告げると、シロナは逃げるように去っていった。
……何がどうなってああなったんだろう。
しかし、あれがさっきまで男の顔を赤くさせて喜んでた女の姿か。泣けるね。
さて、俺も早く食べて食器を片すか。
そう思って妙に脂っこい肉の塊を口に運ぼうとした時、ふと俺の第六感が目まぐるしく働いた。
「感じる……」
感じるぞ。
「殺意の波動を感じる……!」
見れば、シロナが組合の入り口にいた女の子にぶつかりそうになって、会釈をしていた。
頭を上げたシロナはそのまま組合から立ち去る。
ああ、良かった。
もし二人がぶつかっていたら、そして女の子──エマの表情と対面していたら、俺は血を見ることになっていただろう。
うーん。エマがシロナに噛みつくのは時間の問題だな。
ウルク君、早いとこ派手な事件を起こしてくれないかな。
いや……違うか。相手のアクションを待つんじゃなくて、こっちから動けばいい。
ウルクを尾行するんだ。
ちょうどキーリエッタからも調査しろって言われてることだしね。
◆
というわけで、月明かりだけが頼りの深い夜。
俺はウルクが泊まる宿屋を見張っていた。それも茶髪モブ仕様の魔造マスクを被って。
前にこのマスクはもう使えないかもしれないって言ったが、やっぱり使うことにした。
というのも、俺は素顔で戦う時は基本的に敵を全員消す。なので力を振るっても問題ないのだが、今回のターゲットであるウルクは恐らくかなり強い。
確実に勝てる保証がないし、もし彼が吸血鬼だったら仕留め切るのはさらに難しくなる。
そんなわけで変装しておくことにした。
それから、魔力は隠しておく。しかも念を入れてゼロにしておく。ここで言うゼロとは、体から放出される魔力を体内に留めておくって感じだ。
魔力をゼロに制御するのは難しい。しかし、睡眠時間を削り長年鍛練してきた俺の魔力操作は卓越してるので可能だ。
これで俺は空気以下の存在感にまで薄れる。
「じゃ、あとは手筈通りに。そっちは頼んだよ、エマ」
「了解」
闇に消えたエマを見送ると、俺は再び見張りに戻る。
それから一時間後、ウルクが出てきた。
俺は追跡を開始する。
表通りから逸れ、裏道に入っていくウルクの後方を、建物の屋根を伝ってついていく。
足音を消して忍ぶなんて久しぶりだ。
痺れるね。
こういうヒリヒリする状況が俺の心を堪らなく滾らせるんだ。
俺は湧き立つ心を何とか鎮めながら尾行を続ける。やがて裏道の曲がり角に差し掛かった辺りでウルクは止まった。
その先には寂れた
ここが重要拠点とは思えないが、ノスフェラトゥならあり得るか? あるいは誰かとの待ち合わせ?
それとも……まさか尾行がバレてるのか? 出てこいと誘われてる?
様々な考えがよぎった時、夜空から一匹のカラスが現れた。それは使い魔。
全身の神経を集中させて、ウルクの声に耳を傾ける。
「一人寄越すよう盟主殿に伝えてください。それで全てかたがつきます」
手紙ではなく口頭伝達なのか?
そう首を捻っていると、なんとびっくり。
カラスが喋り始めた。
『しくじるなよ。盟主様が神を殺す日は近い』
言語を操る使い魔は初めて見た。しかもカラスが喋っているというより、その先にいる人が話してるっぽい。
興味をそそられた俺は、より多くの神経をそちらに割こうとする。
しかし、この場面ではそれがよくなかった。
「で、そんなところで何をしているのか教えてもらおうか」
背後から声がかけられた。
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