第8話 末端構成員の俺、美少女花嫁と知り合う

 意識が覚醒した花嫁に声をかける。


「大丈夫ですか」


「うう。痛っ……。何が当たったの──はっ! あ、あいつらは!? あの茶髪の方はどこ!?」


 花嫁はキョロキョロと周囲を見回す。


 あの茶髪の方っていうのは、多分俺のことだろう。さっきの魔造マスクは茶髪のモブ顔仕様だったからな。

 ちなみに今の俺、つまり素顔の俺は黒髪だ。


「落ち着いてください。その茶髪の方ならもう立ち去りましたよ」


「そう……。お礼だけでもしたかったのだけど……」


 花嫁は切ない表情で遠くを見つめる。


 ほほう、これだけ美人だと絵になるな。

 花嫁の長い青髪と、ウェディングドレスの白も相まって、なんか神々しい。


 ……とか思っていたら、またエマが俺を守護するモードになりそうだけど、彼女には周囲を警戒させているので大丈夫。

 エマの忠犬っぷりは、美人に対して異様に働くみたいだからね。


「それで何があったのでしょう。ただ事ではないようですが。衛兵を呼びましょうか?」


「いいえ、結構よ。あなた、王都に住んでる人よね? それならもう知ってると思うけど、私、ウルクに言い寄られててね。ちょっとごたついてたの」


 やっぱり花嫁の正体は美姫とかいう冒険者だったみたいだ。


「結婚しろって無理矢理迫られてたのよね。それで衣装合わせに力ずくで連れて行かれたんだけど……ウルクと話してた黒服に偶々ハサミが当たっちゃって、傷が再生するところを見たの。だから慌てて逃げてきたわ」


 話しながら、花嫁はウェディングドレスの裾を破って後頭部に巻く。冒険者らしくワイルドでいいね。


「あれってアンデッド、吸血鬼よね……。私、もう行くわ。早く組合に報告しなきゃ」


 アンデッドは基本的に生者の敵だ。なので操ったり、手を組んだり、まして自分がアンデッドになるなんて、表の世界の人間からしたらあり得ない。

 というか、そもそも違法だった気がする。


「あなたも話を聞いてくれてありがとう。吐き出したら少し落ち着いたわ。気をつけて帰りなさいね」


 そう言って立ち上がった花嫁を、俺は呼び止める。


「待ってください。俺も一緒に行きます。冒険者組合で働く友人に会いにきたんです」


 そういう設定にしておこう。これなら頻繁に組合に通っても怪しまれないだろうし。


 俺は彼女からウルクを辿るつもりだ。

 だから、ある程度親しくなっておきたい。

 それに何より、こんな大きな事件を俺抜きで繰り広げるなんて生殺しだよ。


 俺はエマに後ろからついてくるよう合図を出すと、花嫁と一緒に組合へ向かった。





 冒険者は対モンスターのスペシャリストだ。

 その等級は六つに分かれており、上から黒級、オリハルコン級、ミスリル級、金級、銀級、青銅級となっている。


 中でも最高位の黒級の力は桁外れで、王ですら無下にはできないほどの存在だとか。

 それで件のウルクがこの国で二つしかない黒級冒険者パーティのリーダーらしい。


 ……という話を花嫁から聞いた辺りで組合に到着した。


 花嫁は扉を開く。


「みんな!」


 一斉に注目が集まる。それから沢山の心配する声がかけられる。


「無事だったか、シロナ!」


「心配してたんだぜ!」


「ええ、なんとかね。みんなありがとう」


 へー、花嫁はシロナという名前だったのか。


「それより大変よ! ウルクの奴、吸血鬼を部下にしてたわ!」


「なんだって!?」


「それは本当か、シロナ」


 顔に傷を持つおっさんが問いかけた。

 シロナは首を縦に振る。


「本当よ、ギルド長。私はこの目で見たわ。ウルクとやり取りをしてた黒服達の下半身が再生する瞬間を」


「下半身? そいつはどういう意味だ?」


「あのね……」


 その言葉から始めたシロナは、事の経緯を話した。


「──で、その吸血鬼を茶髪の剣士が滅ぼしたと」


「ええ、そうよ」


 シロナの返事に対し、ギルド長が眉間にシワを寄せる。


「仮にその剣士が吸血鬼の下半身を切り落としたって話を信じるとしても、その後お前は気を失ったんだろ? だったら、本当にそいつが倒したかは分からねぇじゃねぇか」


「だな。もしかして、何かの見間違いだったんじゃないか?」


「な、なに言ってるの!? そうじゃなかったら私は連れて行かれてたわ!」


「それはそうかもしれんが……」


 おや? どうしたんだろう。

 なんでギルド長はシロナの話を否定しようとするんだ?


「ウルクが吸血鬼を部下に、か……」


 深い溜め息を吐くギルド長を見て、俺はやっと察した。


 多分あれだ。組合としては、最高位である黒級冒険者の不祥事は避けたいんだ。


 上の立場になって考えれば分かる。

 最大戦力が不祥事で追い出される、もしくはそれが原因で機嫌を損なったウルクが冒険者を辞めたりしたら困る。


「とにかく! 私はあんな奴と結婚なんてしないわよ!」


 シロナが拒絶した時。

 組合の扉が開かれた。


 入ってきたのは五人組だった。

 先頭は二メートルくらいある大男。屈強な体つきをしており、一行の中で最も目を引く。

 後ろの連中はパーティメンバーだろう。


「ウルク……」


 あれがウルクか……なんて思っていた次の瞬間、俺はびっくりする。


「ここにいたんですか、シロナ。随分探しましたよ」


 なんだその喋り方!?

 お前の巨体でしていい口調じゃないだろう。


 しかも声も異常に高いし、違和感がやばい。

 なんか声変わり前の少年みたいな高い声してるんだよ。


 ちょっと想像してみて欲しい。

 岩みたいな顔した二メートルの巨漢が、子供のような高い声で話す姿を。


 悪い意味で見た目とのギャップが酷いだろう?


「探す必要なんてないわ! 私はあなたとは結婚しない! だって、あなたは吸血鬼を部下にしてるでしょう! これは違法だわ!」


 シロナの指摘に対し、ウルクはポリポリと頭を掻く。


「証拠は?」


「……え?」


「証拠もなしに言ってるわけじゃないんでしょう?」


「それは……っ」


 ああ、なるほどね。

 吸血鬼は滅びたら灰みたいになって消える。だから証拠は残らないってわけだ。実際、黒服達もそうだったし。


「恥ずかしいのは分かります。大々的に式を開催しようとした僕にも落ち度はあるでしょう。ですが、変なことを言って有耶無耶にしようとするのは褒められたものではありませんよ」


 ウルクの問い詰めを受けて、シロナは助けを求めるようにギルド長や他の冒険者達を見る。

 しかし、いざ目の前にすると黒級冒険者に楯突くのは無理らしい。


「さあ、帰りますよ。そのドレスも他の物に変えないと」


 ウルクはシロナの手を取ろうとする。


 このままだと普通に結婚しそうだな。

 でもウルクの尻尾を掴めなくなるのはとても困る。


 そしてそれよりもっと困るのは、折角大事件に発展しそうな予感がするのに、こんなところで終息しそうな雰囲気があることだ。


 俺の変人レーダーが囁いてるんだよね。ウルクには何か裏があるって。


 だからそうだな……。ひとまず時間稼ぎでもしとこうか。


「──俺も見ました」


 途端、ものすごい視線の束が向けられる。

 そしてその直後、え? みたいな顔をされる。


 まあ俺の素顔は白馬の王子様とはかけ離れてるから仕方ない。


「吸血鬼かは知りませんが、黒い服を着た人達が灰みたいになっていくのを見ました」


 俺が適当なことを言うと、ウルクが目の前まで歩いてきた。でっか。


「君は?」


「通りすがりの者です」


「それでは証言に欠けると思いますよ」


「第三者だからこそ証言になるのでは?」


「…………」


 ウルクは押し黙る。それからたっぷり俺を睨み付けると、肩を竦める。


「──いいでしょう。今日は引きます。こちらにも準備がありますからね」


 ウルクは俺からシロナに視線を移す。


「いいですか、シロナ。いつまでも我が儘は言ってられませんよ」


 そう最後に告げると、ウルクはパーティメンバーと共に去っていった。

 組合内の緊張感がほぐれる。

 さて、俺も帰るか。


「あ、あの……!」


 シロナがこっちまで駆けてきた。


「ありがとう! あなたのお陰で助かったわ!」


 シロナはぺこりと頭を下げる。


「構いません。偶然物陰から見たのを話しただけですから。それじゃあ、俺はこれで失礼します」


「ウルクに逆らったらどうなるかなんて分かってる筈なのに……。待って! あなたの名前を教えて!」


「ベルです。ベル・アークス」


「ベルね。よろしく。私は──あ、ごめんなさい。自己紹介もまだだったわね。私はシロナ・アグライア。今日の恩は一生忘れないわ。これから仲良くしましょう、ベル!」


 シロナはとびきりの笑顔を弾けさせた。

 美姫と呼ばれるほどの、絶世の美女の笑顔を見た俺の感想はたった一つだ。


 外でエマがぶちギレてそう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る