第7話 末端構成員の俺、追いつく
花嫁が逃走し、黒服達が追走し、俺達が追いかける。
大都市である王都は、猛スピードで繰り広げられる追走劇の舞台となっていた。
「見えた」
黒服の人数は五人。そいつらが、花嫁が乗ってる馬を挟み込んでる。なにやらお互いの馬に性能差があるみたいで、花嫁側は振り切れないっぽい。
素早く観察する中、状況が動く。
黒服の馬が、並走する花嫁の馬に横からぶつかった。
強い衝撃を受け、花嫁は倒れそうになるが下半身を踏ん張って落馬を避ける。
「なるほど。それなら、とりあえず俺も馬を狙うか」
俺は強い風を顔に感じながら漆黒の短剣を作り出し、投擲しようとする。
だがその直前で前方の一団が二手に分かれた。
対向車ならぬ対向馬車が走ってきたからだ。
「うおっと」
俺とエマもそれぞれの馬を上手に操って、対向馬車を躱す。
一度体勢を立て直した後、今度こそ短剣を放り投げる。
投げた短剣は、花嫁を再び挟み込んだ黒服の馬の足に直撃する。……がしかし、金属みたいな硬い音とともに弾かれた。
「へえ、ただの馬じゃないのか。飼い慣らした魔物かな?」
適当に推測していると、さっきの攻撃でようやく俺達に追われていることに気づいた黒服が、こっちに向かって火球の魔法を飛ばしてきた。
その火球はさっきの馬車より一回り以上も大きく、とても避けられそうにない。
俺は少し離れた位置にいたエマの馬へ飛び乗った。
灼熱の塊が俺の背中スレスレを通りすぎる。
その進路上に取り残された馬は、向かってくる火球を回避できずに焼き殺された。
「エマ、先回りだ」
王女だからこそ王都に詳しいエマに近道を進ませる。細い道に逸れて、俺達二人を乗せた馬はそこを駆け抜ける。
「何なの、あいつら!」
「さあね。でもきっとノスフェラトゥだよ」
というか、それ以外の誰かだったら驚きだ。
「ベル、もうすぐ出る! 多分追い越してる筈!」
エマの言葉通り、俺達は花嫁と黒服達の前に出た。
俺は馬から飛び降りつつ、漆黒の長剣を二本作り出して彼らを待ち構える。
迫りくるのは、人を容易く轢き殺せるほどの速度で駆ける馬の群れ。
見る間に距離が埋まり、馬上の花嫁と目が合う。
その直後。
黒服達は俺の間合いに入った。
「──ご機嫌よう、皆さん。そして、さようなら」
俺は両腕を振り下ろして、黒服達を一刀両断した。
五人全員の上半身と下半身が真っ二つになる。
これで終わり。花嫁とのご対面。
その筈だった。
しかし、俺は黒服を切り裂いた手応えに違和感を覚える。
なんか変だ。人間を切った時とは感覚が少し違う。冷たい人形でも切ったような……。
そう思って通りすぎた一団に視線を戻せば、黒服達の馬は未だに花嫁を追走していた。
そして馬上には、手綱を握ったままの黒服の上半身。
既に息絶えている筈の、その肉の塊を眺めていると、ぼこぼこと腰から下半身が生えてきた。
それは再生能力。
つまり。
「吸血鬼か」
やっぱり相手はノスフェラトゥで確定だ。
これでなおさら逃がすわけにはいかなくなったな。
肉体を再生させる能力を持つ吸血鬼ではあるが、滅ぼす方法はいくつかある。代表的なのは心臓を破壊することだ。
「ちょうどいいね」
新しい力を試すのに相応しい相手だ。
俺は長剣を手放すと、魔力コアを稼働させる。
空気中に漂う膨大な魔力をコア内部に取り込み、それをさらに増幅させる。
大気が大きく震えて、途方もない魔力が生み出された。
俺はそれを根こそぎ引き出して血の魔法を行使する。
「【十災禍】」
俺の頭上に血の球体が構成された。
それも黒服の人数分。
念じて、出来上がった血の塊を投じると、凄まじい速さで飛んでいく。飛んでいった血の塊は黒服達に直撃して、その体内にトプンと吸い込まれていった。
ただし、黒服達に変化はない。この段階では。
「カウントアップ開始」
こいつは俺のオリジナル魔法。つまり対策を講じるのはほぼ不可能ということ。
さあ、何秒持つかな?
「1」
俺のカウントに合わせて黒服達の筋肉が膨れ上がる。
突如として身体能力が向上したことに、彼らは戸惑っているようだ。
「2」
さらなるカウントで、黒服達の魔力が急激に高まる。
そこで彼らは自分の身に何が起きているか悟ったようだ。いや、分かってはいないが、この得体の知れない事態を無視してでも花嫁を狙うことにしたらしい。
「花嫁! 今すぐ馬から飛び降りるんだ!」
俺は馬を走らせる花嫁に忠告した。しかし、従う気はないみたいだ。まあ仕方ない。
俺は懐から黄金の腕輪を取り出して投擲する。
飛んでいった腕輪は狙い通りに花嫁の後頭部に命中し、彼女は意識を失って馬から放り出された。
気絶した花嫁はそのまま空中を舞う。
俺は竜王細胞を足に現出させると、トンと踏み込む。
石畳を割って、馬から飛び降りた黒服達より先に花嫁の元へ到達し、彼女の体を抱き止める。
あと一歩及ばなかった黒服達。
目の前に並んでるのは悔しそうな五人の顔。
それを見つめながら、俺は嗤う。
再び一秒が経過した為に。
「3」
瞬間、黒服どもの全身が内部から弾け飛んだ。
吹き上がった血や肉片が辺りにぶちまけられる。
もはや動く気配はない。
目に鮮やかな赤色の肉は、やがて灰のように崩壊していく。
吸血鬼の滅びの瞬間だ。
「よっし、成功だ」
俺はガッツポーズを決める。
アンデッド因子を使った魔改造の成果。
【十災禍】はカウントアップする度に様々な力が付与される魔法だ。
カウントは10まで上がる。
2までは単純な自己強化で、3からはもっと特別な力が付与される。
ようは強化魔法に近いので、本来は自分に使うんだ。
ただし、この魔法には一つだけデメリットがある。
それは力の付与を強制的に引き起こすということ。
カウントは10に上がるまで止まらない。
でも俺はそれを逆手に取った。
強制的に力が付与されるなら、その力に耐えられない敵に使えば体が崩壊するのは必然。
エマをこれ以上魔改造できない理屈と一緒だ。
分不相応な力は身を滅ぼす。
お亡くなりになった黒服達が2までしか耐えられなかったせいで10まで披露できなかったのは残念だが、いずれ俺自身に使う機会もあるだろう。
「さて……花嫁を起こすか。いや待った。この顔で対面するのはまずいかな?」
今は魔造マスクを被ってるが、だからといって下手に英雄扱いされたくない。それは信条的にも立場的にもまずい。
この顔はもう使えないかもしれないな。
ただ、それはそれで問題だ。
というのも、魔造マスクは完成したばかりで俺とエマの一着ずつしかない。しかも一つのマスクで一つの顔しか再現できない。
改良を重ねれば一つのマスクで複数の顔に変身できるかもしれないが、今は無理。
「となると……素顔で接するしかないかぁ」
あまり気乗りしないけど仕方ない。
今のところ周りに人はいないが、あまり呑気にしてると見られるかもしれないし。
ああ、それと着替えも必要だな。
というわけで魔造マスクを外して、そこら辺から着替えを調達した。身ぐるみを剥がされたチンピラの死体が近くに転がってるかもしれないが、きっと愚かなチンピラ同士で喧嘩してたんだろう。……おっと、手についた血は拭いとかないと。
そうやって、あれこれ準備していた時。
「ん……」
花嫁が目覚めた。
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