第6話 末端構成員の俺、追いかける

 俺はスキップでもしそうなほど軽快な足取りで往来を進む。


「いやー、うまくいったな」


 キーリエッタとの立ち会いを経て、俺は見事に末端としての地位を勝ち取ったんだ。嬉しくないわけがない。


 これもひとえに、俺が末端としての振る舞いを演じきったからだろう。


 とはいえ、途中で俺の強さが見抜かれそうになったのはいただけない。キーリエッタがどういう考えでそんな結論に至ったのかは知らないが、なんにしたって俺もまだまだ青い。末端としてより完璧に溶け込む必要があるな。


 それともあれかな。やっぱり、俺が遅刻したから怒ってたのかな?


 確かに待たせたのは本当に申し訳なかったけど、遅れたのは仕方なかったんだ。

 この"魔造マスク"が完成したときには約束の時間を過ぎてたんだよ。


 魔造マスクっていうのは、エマに被らせといたあのマスクのことね。


 こいつは色んな種族の色んな顔を再現できるという優れもので、見た目の上では何者にも成り代われる。

 助けを求める悲鳴で人をおびき寄せるヘルリームという魔物の皮と、伸縮自在の窒息処刑人と呼ばれるエルダースライムを使った、俺渾身の力作だ。


 王都に行くならエマの顔バレのリスクは辺境よりさらに高まる。なのでフードだけじゃ誤魔化しきれないかなと思って、頑張って作った。


 そんなわけで約束に間に合わなかった俺は、とりあえずエマに魔造マスクを被せて話し合いに望んだわけだ。


 だからそういう意味では、MVPはエマかもしれない。

 彼女は俺のアドリブに完璧についてきてくれたからな。


 あの状況で俺の言いたいこと──「俺の代わりに幹部になって」を読み取るなんて、並の人間じゃできない。


 うん、こういう時は褒めてあげないと。

 俺は足を止めて、魔造マスクを被ったエマの方を向く。


 あ、そうそう。これは余談だが、キーリエッタが操ってるという使い魔は、あの面談の後からずっと警戒しており、見張られていたらその都度潰しているので問題ない。


「君も素晴らしかったよ、エマ。よくやってくれた。エマが十角入りしてくれると俺も色々と動きやすくなる」


「うん……」


 エマはちらりと俺の方を見ると、暗い表情で俯く。


 おや? これはどうしたことか。

 いつものエマなら、俺が褒めると無駄に顔を近づけてくるのに。


「ベル、ひとつ聞いてもいい?」


 こっちを向いたエマの瞳には感情というものがなかった。

 また何か変なことを言いそうで楽しみだな。


「なに?」


「あの人、すごい美人だった」


 あの人というのはキーリエッタのことだろう。


「そうだね。確かに彼女は美人だ」


 俺は嘘偽りない気持ちを正直に答えた。


「鼻筋は通ってて目元もキリッとしてるし、なんと言っても赤髪ってのがいい。まさに悪の組織の女幹部って感じで興奮したよ。しかも彼女は──」


「──あの女殺していい?」


 エマはニッコリと微笑んだ。

 よく見ればこめかみに青筋が立っている。


「うーん。理由によるかな」


 エマは俺を害する者を殺したがるみたいだが、キーリエッタはそういうわけじゃない。


「なんでキーリエッタが美人だと殺すの?」


「それは……あの女がベルに色目を使ってたから」


 ああ、なるほど。俺がキーリエッタの美貌に魅了されて騙されるのを危惧してたわけか。


「心配いらないよ。彼女はそういうタイプじゃないだろうし」


 というか、この世界は前世に比べて美形が多いので、見た目がいい人間なんてとっくに見飽きてる。

 だから俺としては、キーリエッタみたいな強者を魔改造したらどれだけ強くなるんだろう、っていう好奇心の方が大きい。


「まあ、どっちしてもエマには彼女を殺せないんじゃないかな。彼女、相当強いだろうし」


 俺の言葉に、エマは目を見開く。


「え? そんなに? ……ベルよりも?」


「それはやってみないと分からないな」


 俺はまだ世界最強ってわけじゃない。この世界は広く、未知なる強敵はわんさかいるのだ。

 もちろん勇者とのクライマックスに向けて、そこ世界最強は目指してるけど。


「ってなわけで、俺を守ってくれるっていうなら、エマも鍛練は怠らないように。悪事を働くのに強さは必須。俺はおっきなことをやらかしたいからね」


 そう話をまとめると、エマは頷いた。

 満足した俺は前を向こうとする。


 その時だった。

 俺達の目の前を、二頭の荒々しい馬が駆けた。


 俺はとっさに体をのけ反らせて躱す。


「っと、危ないな」


 愚痴りながら体勢を戻すと、通りすぎていった馬に乗った男の一人が、こっちを向いて罵声を浴びせてきた。


「なにを突っ立ってやがる! 轢き殺されてぇのか!」


 悪態をつくだけついて、二人の男達は通りに並ぶ商店の前で止まった。


「……なんだあれ?」


 馬に乗った二人組は武装していた。装備に統一性がなく、各々役割が決められてそうな感じだ。


「ベル。あれは多分、冒険者」


「あんなのが冒険者だって? 変だな。冒険者ってどっちかって言うと正義側じゃなかったっけ?」


「どの組織にも一部はクズがいるから」


「そういえば俺達の調査対象のウルクとかいう冒険者もノスフェラトゥと繋がってるかもしれないんだったか」


 キーリエッタから受け取った情報によると、ウルクはその強さゆえか、素行がよろしくないらしい。あと魔法剣士で、近々結婚する。……最後の情報いる?


「ところで、エマ。その剣は仕舞っておきなさい」


 俺は今にも冒険者達に飛びかかっていきそうなエマを諌める。

 彼女は俺のこととなると、どうにも喧嘩っ早い。


「だってあいつら、ベルに無礼を働いた」


「俺は王様じゃないんだから無礼も糞もないよ。武力行使する時はちゃんと考えないと」


 そう。たとえば、絶対に譲れないものがある場合なんかは剣を抜くべきだろう。

 ……なんて思っていると、冒険者たちが商店の前で騒ぎ出した。


「おい、今日はもう店じまいだ! 消えろ消えろ!」


「見せもんじゃねぇぞ!」


 人払いをする二人組が何をするのか俺は気になった。

 ぐるっと回り込んで商店の横手から観察する。


「おら、ババア。さっさと出せ」


「俺らに逆らったらここじゃあ商売はできねぇぞ?」


「で、ですが、今月の売上を持っていかれたら生活ができません……!」


 なんということでしょう。

 チンピラ達はおばちゃん店主から金をせびっているではありませんか。


「そうか。なら問題が起きるかもなぁ?」


小火ぼやには気をつけろよ、ババア」


「ま、待ってください! お支払いします! いえ、お支払いさせてください!」


 おばちゃん店主が硬貨の詰まった袋を差し出すと、冒険者はそれを奪い取って一枚一枚数え出した。せこいな。


 まあ、とは言っても当然のことながら助けようなんて気はさらさら起きない。気の毒なおばちゃんに合掌して話は終わりだ。


 ただし──。


 自分の命よりも悪の美学を大切にする俺には、絶対に許せない悪党ランキングというものがあった。


 一位が正義に狂った悪。


 二位がノスフェラトゥみたいな悪の組織。


 そして三位が五流以下のチンピラ。


 つまり目の前の連中だ。


 こういう小物が悪の品格を落とす。

 見てみろ、カーテンの隙間や物陰から様子を窺う町の人達の目を。


 憎いものを見る目ならいい。

 しかし、あれはみっともないものを見る目だ。哀れなものを見る目だ。


 町の人達は、悪党はみんなああいうチンピラと同じ可哀想なものだと思っている。


 これだから俺はチンピラが許せない。


 俺は魔造マスクを被ると、商店の横手から足を踏み出した。


「こんにちは、お兄さん方」


 二人が一斉に振り向いて、視線が集中する。暴力を日常とする者たちの苛烈な眼光ではあるが、俺には何も感じられない。


「てめぇ、そんなところで何してやがる」


「消えろって言ったのが聞こえなかったのか? ああ!?」


 これ以上彼らの声を聞くのは苦痛だし、さっさと殺ってしまおう。


「裏で話そう。これが欲しければね」


 言いながら俺は懐から黄金の腕輪を取り出した。


「なっ!」


「お、おい! そいつを寄越せ!」


 腕輪へ殺到してくる冒険者たちを、バックステップで回避して、商店の横手の狭い空間に引きずり込む。


「バカが。自分から死地に飛び込みやがって」


「くははっ、全くだぜ。なにがしてぇんだ? てめぇは」


 二人は汚ならしい笑みを浮かべながら、それぞれ違った武器を抜く。

 俺は腕を振り下ろして先頭にいる男の首を撫でた。


「もう逃げられねぇぞぉおお、お、おろ?」


 呂律が回らなくなった男は自分に何が起きているか理解できていないようだ。


 男の首は地面に転がっていた。


 そして俺の手には漆黒の剣が握られていた。


「三下の御託を聞くほど優しくはないよ」


 首から血を吹き出して、男の体が地面に倒れる。

 真横に倒れた自分の首なしの体を、絶望に染まった表情で見ていた男は、失意のままに人生を終えた。


「次は君の番だ」


「ひぃっ! な、なんなんだ、てめぇは!」


 男は震えながら槍を構えるが、先ほどとは違ってあまりに頼りない。


「ち、近づくな! いいのか! 俺に手を出せばてめぇは終わりだぞ! 俺は黒級冒険者のウルク・クシャルダス殿の部下だ!」


 俺はその脅し文句を聞いた上で男の右耳を切り落とす。


「っぎゃああああ! み、耳がぁあああ!」


 大量の血が流れ出る側頭部を押さえて男は叫ぶ。


「な、なにしやがる! 俺はウルクの部下だと言ったんだ! 頭おかしいのか、てめぇ!」


「それが本当なら、むしろ好都合だよ。君を殺して相手の出方を見てみよう」


「そ、そんな……」


 頼みの綱があっさりと破られて、男は顔を蒼白にさせる。

 俺はそんな愚かな男にゆっくりと近づく。


「ひぃいいいっ! た、助けてくれ! 俺が悪かった!」


 後ずさる男へ漆黒の剣を振り下ろして片付ける。


 あとには、もはや静けさしかなかった。


「さて、それじゃあこの足で冒険者組合でも覗いてみようか。行くよ、エマ」


 冒険者組合で張ってればいずれウルクは現れる。そして俺達に求められた調査で最も重要なのは、ウルクとノスフェラトゥが繋がっているかどうかを探ること。ひいてはその現場を押さえてノスフェラトゥの重要拠点を発見することだ。


 しかし……いくら強くてもこんなチンピラを部下にするような小物臭い男と結婚したがるなんて、美姫とかいう冒険者はよっぽど奇特な女なんだな。


 と、そう思った直後。


 表通りを一頭の馬が爆走した。


「なんだなんだ? 今日は馬がよく通るな──」


 ため息混じりにぼやいたが、次の瞬間には俺の視線は一点に釘付けになっていた。


 見れば、通りすぎていった馬の上に、ウェディングドレスで身を飾った絶世の美少女が跨がっていた。

 彼女はその衣装とは反対に勇ましく手綱を握っている。


 そしてその子が通りすぎた直後、すぐ後ろから複数の馬に乗った黒服達がすさまじい勢いで追走していった。


 俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 感動にうち震えたのだ。


 黒服に追われる花嫁だって?


 そんなの……そんなの……。


「──さいっこう、だ!!!」


 俺は駆け出して、チンピラ達の馬に飛び乗る。

 彼らにはもう必要のないものだ。


「エマ! そっちに乗れ!」


 指示を出した俺は口の端を吊り上げて嗤う。それから馬を全速力で駆けさせた。


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