第5話 女幹部、末端構成員と対峙する
勇者や敵組織と対峙する際は大物を演じたいと考えている俺なのだが、別に普段からそうしてるわけじゃない。
同じ組織の者や一般人と対話する時は平凡に振る舞う。
末端としての立場は守らねばならないからだ。
そんな裏事情がある俺にとって、幹部である彼女からの呼び出しは、熾烈な抗争を予感させるものだと言わざるを得ないだろう──。
◆
王都某所。
薄暗い室内に据えられた椅子に腰かける人物がいた。
それは赤髪を靡かせる迫力のある美女。
彼女こそが
序列一位にして"第一角"のキーリエッタ・キルレイムだ。
「さて、次は……ベル・アークス。辺境支部で活動中の末端構成員か」
キーリエッタは資料に目を通す。
ベル・アークス。
取り立てて特徴のない人物であり、戦闘、魔力、人脈、交渉、全てにおいて平均値を大きく下回る。頭脳と容姿は平均。特殊な技術や能力は無し。
総評、5点。
無論100点満点中だ。
とても昇格は見込めない。まず間違いなく末端として人生を終えるだろう。
すなわち、こんな人物があのノスフェラトゥの辺境の拠点を壊滅させた筈がない、という結論に至る。
今回の面談も時間の無駄になるだろう。
「しかし、遅いな」
キーリエッタは苛立ちを覚える。
というのも、既に約束の時間から三十分も遅れていた。
どこの世界に、組織のほぼ最高位にいる人間を待たせる末端構成員がいるのか。
あと三十分待って来なければ消してしまうか。
そう心に決めた時、扉がノックされた。
キーリエッタが入室の許可を出すと、男が入ってきた。ベル・アークスだ。
そしてその後ろには、見たことのない女を連れている。
「遅れてしまい申し訳ありません」
ベルが深く陳謝した。
それは心から申し訳ないと思っているような態度。
しかし、その態度にキーリエッタは困惑する。
謝るのは当然のことだ。それ自体に不自然な点はない。
しかし、だ。
なぜ、この男は恐怖に震えていないのか。
普通なら遅れてきた時点で殺される可能性が頭に浮かび、怯える筈だろう。
【篝火】は表の世界の組織ではないのだ。気まぐれで命を摘まれることだってあり得る。実際、キーリエッタだって先ほどまでベルを消すことを視野に入れていた。
ましてベルは末端構成員であり、その命の価値は非常に低い。
自分の立場を理解していないのか?
異常とも言えるベルの反応に、キーリエッタは混乱する。
「……はじめましてだな、ベル・アークス」
威圧も兼ねてそう言った時、キーリエッタはふと気づいた。
キーリエッタの規格外の魔力を目の前にして、平然としているベルの様子に。
キーリエッタは十角の序列一位。
つまり、ボスを除けば【篝火】内で最強であり、それに伴って魔力も莫大なのだ。
今まで面談してきた構成員たちも、キーリエッタの魔力を叩きつけられて青ざめていた。
であれば、ベルは魔力を感じ取れないほどに凡庸なのだろうか。
外見や資料から判断するならそれは正しい。どう好意的に解釈しても、彼はそこらに転がっている田舎者だ。
ただ、この短い間に感じられたベルの異常性が、キーリエッタの思考に歯止めをかける。
再びベルの瞳を覗き込み……キーリエッタは恐るべき竜に睨まれたような錯覚に陥る。
──これが凡庸? 違う。やはりこいつはどこかオカシイ。油断ならない人物だ。
そう悟ったキーリエッタは、気を引き締めてかかる。
「私はキーリエッタ・キルレイム。十角の第一角だ」
ここでベルの反応を観察するが、やはりというべきか第一角という称号に怯む様子は見られない。
「遅れたことについてはもういい。それより、早速だが用件に移ろう。今回お前を呼び出したのは他でもない。お前が活動している辺境都市にある、ノスフェラトゥの拠点が何者かの手によって壊滅させられた。知っていることがあれば話してくれ」
「申し訳ありません。何も知らないのです」
「ふむ。そうか……」
打てば響くように返ってくる否定の答えが、彼の不気味さを際立たせる。
だからこそキーリエッタは先手を打つことにした。
「ベル。お前は召集状を受け取ってここに来た。それは間違いないな?」
「はい」
「その際、使い魔から召集状を受け取っただろう。【篝火】所有のあのネズミだ。それであのネズミだがな……実は、あれらは全て私が操っているのだ」
すぐに隠されたが、ベルの瞳の奥が揺れたのをキーリエッタは見逃さなかった。
「どうやら察したようだな。私はあのネズミを通して、お前がノスフェラトゥの拠点を壊滅させる様子を見ていたんだよ」
これには虚実が織り混ぜられている。
前者の主張──使い魔を操っているのがキーリエッタのは事実だ。
しかし後者の主張──ネズミを通してベルを見ていたというのは嘘だ。
──さて、どう出る?
「キルレイム様、恐れながら見間違いかと思われます。私は連中の拠点を潰したりなどしておりません」
ベルの返答にキーリエッタはまたしても驚かされる。
というのも、このハッタリは辺境支部に配属された全ての構成員にぶつけた。
そして彼らから返ってきた答えは、肯定。
キーリエッタに同調して、自分がノスフェラトゥの拠点を潰したと主張した。
つまり、彼らは昇格したかったのだ。
しかし……それとは反対にベルだけが頑なに認めない。
その歪な態度が、余計にベルこそがノスフェラトゥの拠点を壊滅させた人物だと思わせる。
「誤魔化すのは止せ。咎めているわけではない。むしろ逆だ。ベル・アークス、私はお前を幹部に推薦したいと思っている」
そう告げた途端、ベルは声にならない声を上げた。
なぜかは分からないが、彼は汗を吹き出し、途轍もなく動揺している。
初めて優勢になった。そんなキーリエッタに対し、ベルは言葉を絞り出す。
「……証拠はあります」
ベルは背後の女を示す。
「彼女です」
「お前の後ろにいる女か? その者がどうした?」
改めて注視すれば、その女の顔は普通の村娘のようだった。
どうしてそんな平凡な女を連れて入室したのかという疑問はあるが、それ以上に彼女がキーリエッタに向けている目が非常に鋭いことの方が問題だ。
敵意。いや、それはもはや殺意に近かった。
キーリエッタに恨みを持つ人物は少なくないので、彼女とも何かしら因縁があるのかもしれない。
「お取りください」
ベルが恭しく告げると、村娘風の女が顔に手をかけた。そして皮が剥がれるようにして、その奥から本物の顔が現れる。
「なっ! 第三王女!?」
キーリエッタは声を荒らげる。
辺境伯と共にあの一夜に消えた王女。
同じタイミングで失踪したということで、拠点壊滅事件と関係しているのではと予測されていたが、まさかこんなところにいたなんて。
「ノスフェラトゥの拠点を潰したのは私。ベルは私が連れてただけ。そして辺境伯も私が殺した」
エマの主張が真実だとすると、確かに辻褄は合う。
「……辺境伯はノスフェラトゥから支援を受けていた筈だ。奴が使ってきた魔法や技術に特徴的なものはなかったか?」
それでも信じ切れなかったキーリエッタの問いかけに対し、エマは考えるように指を口に当てる。そして爆弾を投じた。
「辺境伯は【シア】を行使してた」
「なんだと!」
今度ばかりは吠えた。
それほどの衝撃だった。
禁忌魔法を行使したという情報だけでも驚愕に値するが、それ以上に絶句させられるのは、エマが今もなお生きているという事実の方だ。
今も生きている。
それはつまり、彼女が【シア】をかけられた状態で辺境伯と戦い、そして勝利したということになる。
禁忌魔法【シア】による激痛は魂の痛みに等しい。その痛みに耐えながらの戦闘行為はキーリエッタでも困難極まる。
──こんな小娘が自分よりも強者だと?
こればかりは認められなかった。少なくとも実際に戦うまでは。
魔力だって大したものを感じられない。いや、魔力は隠すことができるので、それによる働きかもしれない。
「ご理解いただけましたか?」
ベルの声に、キーリエッタは頭を切り替える。
たとえ拠点潰しがエマによる仕業だとしても、釈然としない点は残る。そもそも第三王女と関わりを持っている時点でベルは普通ではない。
ただし、ベルを強者だと断定できないのも事実。
「……ならば、エマを十角へ推薦しておこう」
あいだを取ってそう告げるしかなかった。
ベルが力を隠しているかどうかについては、今後の彼の行動次第で明らかになるだろう。
ひとまずは話が纏まり、場が落ち着く。
もちろんキーリエッタの内心は平静とはかけ離れていたが。
「今日は厄日だな……。まあいい。王女を組織に迎え入れる利益は大きいからな。さて、それでは話も一段落したので、もう帰ってもらっていいんだが……こうなった以上は、お前達には仕事を頼みたい。これはエマを幹部に推薦する説得力を増すのにうってつけの仕事でもある」
「どのような仕事ですか?」
キーリエッタは紙を捲ると、要警戒人物に関する資料を見ながら答える。
「黒級冒険者、ウルク・クシャルダスの調査だ」
「黒級というと、最高位の冒険者でしたか。その人物が何か?」
「面倒なことに、ウルクはノスフェラトゥと繋がっている可能性がある。それから……」
キーリエッタは呆れたように告げる。
「近日、美姫と呼ばれる女冒険者と結婚するらしい」
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