第4話 末端構成員の俺、召集される

「よっと」


 金貨がパンパンに詰まった麻袋を馬車の荷台へ積む。

 この資金は、王都にある【篝火】の本拠地へと輸送される。


 悪事は大きく華やかに、というのが信条の俺だが、だからといって末端としての仕事を疎かにするもりはない。


「これで最後か」


 金貨を積み終わった俺は、王都へと出立する馬車を眺めながら肩を回す。


 あれから一週間が経った。


 同じ悪の組織の存在が許せなくて、ノスフェラトゥの拠点を壊滅させたわけだが、彼らは周辺国家最大の秘密結社なので、こんな辺境の拠点が一つ潰れたくらいではびくともしないっぽい。

 思い返せば、あのモブが言ってた盟主とかいう人物もいなかったし当然かな。


 ちなみに辺境伯は盟主じゃない。彼は支援を受けていたに過ぎない。


 そんなわけで、恐らくその盟主を倒すまでは、ノスフェラトゥとは今後も何度となくぶつかり合うだろう。


「だからこそ、もっと貪欲に強くならないとな」


 俺は手を握りしめて、


 彼らの研究成果は本当に素晴らしかった。


 というのも、あの拠点で奪った情報を元に、俺が手を加えて昇華させた結果、魔改造レシピにアンデッドの項目が加わったのだ。


 辺境伯には感謝したい。おかげで俺は、アンデッド因子というものを取り込んで、自分を魔改造できたんだから。


 そう。実のところ、俺の体は既にかなり魔改造している。


 今回の一件より前から、ことあるごとに施していたので、その進行具合はエマよりも深い。


 ぶっちゃけ綱渡り的なところはある。魔改造には深刻なリスクがあって、人によって耐えられる限界が異なるのだ。


 まあ、個人的にはリスクとかどうでもいいんだけど。

 自分を魔改造するなんていう、絶頂必至のイベントを逃す手はない。誰かに先を譲るとかもっての他。まず最初に自分で試さないと嘘だね。


 それで話を戻すが、ノスフェラトゥの連中はアンデッドの中でも吸血鬼に特化して研究していたので、俺もそれに倣った。


 ただし俺の魔改造は、完全に吸血鬼になるわけではなく、その力を引き出すといった感じだ。

 肉体の再生や眷属作成、血の魔法。その他諸々ある。


 ああ……ウズウズする。早く実戦で試してみたい。


 ちなみにエマは現状維持。危険なので彼女の体はこれ以上いじくり回せない。

 やってみてもいいが、多分全身が爆散するんじゃないかと予想してる。


 あと、彼女にかけた【シア】は解いてない。

 というか、解除しようか? たとえ誤射でも俺に当たったら激痛に苛まれるよ? って聞いてみたら、「このままでいい。この呪いは私とベルの繋がりだから……」となぜか下腹部を愛おしそうに撫でながら熱っぽく言われた。うん、おかしいな。そこに俺の子供はいない筈なんだけど。


 しかし、その話を聞いて俺はすぐに察した。

 ようはあれだ。


 エマはドMだったのだ。


 激痛を与える呪いを望むって、つまりそういうことだろう。

 俺は今まで、知らず知らずの内に彼女の特殊プレイに付き合わされていたわけだ。


 きっとストレスを拗らせたんだと思う。まあエマは王女だからね。仕方ないね。


 とはいえ、変人属性は割とお気に入りな部類なので、これからも一緒に仕事をこなしていこうと思ってる。


「ベル」


 背後から名前を呼ばれた俺は振り返る。

 そこには、フードを深く被ったエマがいた。

 顔バレしたら面倒なのでその対策だ。


「やっぱり納得できない。どうしてベルがこんな雑用をしなきゃいけないの?」


 怒りの炎を滾らせるエマに対し、俺はやれやれと首を振る。


「エマ、君もまだまだ悪の美学というものが分かっていないようだ。話してあげるよ。俺には野望があるんだ。まずヒロインを人質に──」


 野望を他人に打ち明けるのは初めてだったので、俺は饒舌に語った。


「──というわけだ。わかってくれたか、エマ」


「えっと……。つまりベルは、勇者に倒されるために末端の地位をキープをしたいの?」


「その通りだ」


「でもベルが殺されたら、勇者は私が殺すよ?」


「……え?」


 思わず聞き返した俺に、エマは真顔で続ける。


「人質の女も殺す」


「…………」


「その後に私も死ぬ」


「…………」


 なんてことだ。

 俺の野望を阻止する最大の障害はエマだったのか。これは思わぬ強敵の出現だ。


 そう内心で頭を抱えつつも、俺は心にもない常套句を伝えてエマを説得する。


「仇討ちなら必要ないよ。それに、君には生きていて欲しいな」


「……どうして?」


「どうしてって、それは……君が大切だからとか?」


 何とか言葉を捻り出した次の瞬間、エマがものすごい勢いで顔を近づけてきた。

 熱い吐息が吹きかけられる。


「本当? 嘘じゃない? 私、大切?」


「そこら辺の人よりはね」


 死にかけのエマと死にかけの他人、どちらかを助けろと言われたなら、流石にエマを助けると思う。

 彼女はもう同じ組織の一員だからな。最初に出会った頃とは関係値が違う。


「……そう。なら考えとく」


 エマは落ち着きを取り戻したようで、一歩下がった。


 これは説得に成功したと思っていいんだろうか。


「……でも、もったいない。今回の件を【篝火】に報告すれば昇格できるかもしれないのに」


 【篝火】は比較的新しい組織で、これから成り上がろうとしているところだ。

 したがって、そんな組織の構成員が、辺境とはいえ最強の秘密結社の拠点を潰したとなれば、高い評価を得られるのは間違いない。


 しかし。


「昇格なんてごめんだよ。たとえ頼まれたって断るね」


 と、俺は軽く答えた。


 だが、そんな風に気楽に考えていたのが良くなかったのだろう。

 この時の俺はまだ気付いてなかったが、王女と辺境伯が一夜にして消えたというのは、結構な大事おおごとだったらしい。


 呑気に構えていた俺の足元に、一匹のネズミがチロチロと走ってきた。

 こいつはただのネズミではなく、【篝火】が所有する使い魔だ。

 俺はネズミから手紙を受け取る。


「ベル。それ、なに?」


 エマの問いかけに俺は少しの驚きを含ませながら答えた。


「【篝火】からの召集状だ」





 ──そして俺は、【篝火】の女幹部からとんでもない提案を持ちかけられる事になる。


「ベル・アークス。私はお前を幹部に推薦したいと思っている」


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