第3話 末端構成員の俺、巨毒をもって毒を制す

 俺の名乗りを受けて、辺境伯は首を傾げる。


「【篝火】? 聞いたことのない組織だな」


「なら、その身をもって知るといい。──出ておいで」


 俺が呼ぶと、背後からエマが進み出た。


「エマ! ……は、はははは! こいつは素晴らしい! まさか、逃げ出した王族の血を送り届けてくれるとはな!」


 辺境伯は剣を抜く。彼の肉体からは大きな魔力を感じた。間違いなく相当の使い手だ。


「エマ、俺は手を出さない。君が一人でやるんだ。その力の使い方は遺伝子に刻まれているよ。だから、圧倒的な勝利を見せてくれ」


「わかった」


 了承したエマは魔法で白銀の剣を作り出すと、踏み込んだ。

 間合いを一足で詰めるエマに対し、辺境伯は辛うじて反応して剣で受け止める。


 しかし。


 辺境伯は徐々に押されていった。


「なっ!」


 辺境伯が驚愕するのも無理はない。竜細胞は人外のパワーを与えるのだから。


 二人の膂力に差があるところに、エマはさらに身体強化の魔法を使う。


 爆発するような魔力が吹き荒れるとともに、エマは辺境伯の剣に打ち込む。

 全力で踏ん張っていた筈の辺境伯は、しかし後方に大きく弾き飛ばされた。


 無尽蔵の魔力を生み出す魔力コアによる働きだ。


 とはいえ、身に余る力は使用者を滅ぼす。エマの魔力が暴発する……かと思われたが、そこはハイエルフの内臓が膨大な魔力を制御してくれる。


 エマの魔力操作はこの上なく流麗だった。


 俺は魔改造の成果に満足する。

 それから深く頷いた。


「エレガントだ、エマ。オーダー通りの働きだよ」


 エマは自身の剣姫としての剣裁きをも存分に発揮して、辺境伯を圧倒した。





 どうしてだ。どうしてこんなに追い詰められている。


 白銀の剣に切り裂かれながら、辺境伯は混乱していた。


 エマは剣姫などと呼ばれているが、それは表の世界における名声に過ぎない。

 裏世界には、彼女をしのぐ剣士など無数にいる。


 秘密結社の支援を受けた辺境伯とてそうだ。これまでのエマであれば、負ける筈はなかった。


 しかし、現状はその真逆。


「おのれ! させん! させんぞ! 私は王になるのだ!」


 このままでは殺されてしまうと悟った辺境伯は、決断する。


 おぞましき大儀式によって行使を可能にする、禁忌の魔法。それを解放する。


 この魔法の効果は絶大だ。かつて一人の人間が使用したことで国を落とし、そして禁忌魔法に指定された。


 王位簒奪のために十年の時をかけて準備してきたものだが、温存している場合ではない。


「禁呪を発動する! 私を追い詰めたことを後悔するがいい!」


 辺境伯は懐から試験管を取り出すと、エマから抜き取った血を床に垂らす。王族の血に反応して、その血は邪悪な模様に広がっていった。


 そう。この地下室は儀式の場。

 エマから採取した血の量では一度しか発動させられないが、この局面を切り抜けるにはそれで十分。


 千人分の血と王族の血を吸い込ませて。

 大量の魔力を練り上げる。


 そして発動させるは──



「──禁忌魔法【シア】!」



 闇の霧が展開されて、エマを包み込んだ。


 これこそが邪悪なる大魔法。

 対象を呪い、その精神を支配し、全身に激痛を与えて服従させる禁忌。


「さあ、エマよ! 我が物となるがいい!」


 霧が晴れると、エマは自分の体を呆然と眺めていた。

 しかし、いまさら悔やんだところで手遅れだ。エマは呪われたのだから。


「ふはははは! これで私の勝ちだ! エマよ、お前が私に攻撃しようとすれば全身に激痛が走る! 信じられないと思うならば試してみるがいい!」


 辺境伯の挑発に乗ったエマが剣を振り下ろす。

 その攻撃の意思に禁忌魔法が反応して、エマは激痛に苛まれる──筈だった。


 振り下ろされた白銀の剣は、そのまま辺境伯を切り裂く。


「ぎあああああ!!」


 辺境伯は苦痛に絶叫する。


「ぐがああああ! な、なぜだ! なぜ私を攻撃できる! お前の体には耐えがたいほどの苦痛が走っている筈だろう!」


 わけがわからずに悲鳴を上げていると、スーツの男が横から声を発した。


「辺境伯、あなたは思い違いをしている」


「何がだ!」


「彼女には、


 しん、と室内が静まり返った。

 辺境伯の思考に空白が生まれる。


「は……?」


「聞こえなかったのか? 彼女は既に俺が呪っていると言ったんだ。なら、あとから呪ったところで意味なんかないだろう?」


 丁寧に説明されても信じられなかった。


 ──味方に禁忌魔法をかける。

 その突きつけられた事実が、辺境伯には信じられない。


 味方を呪う利益など無い。

 いや、そもそもそんな発想は出てこない。辺境伯にだって家族はいるが、だからといって愛する人を呪うなんて、考えたことさえなかった。


 しかし、スーツの男はそれを平気な顔で行うのだ。


 そこで初めて、辺境伯は恐怖した。スーツの男の内に眠る、底のない悪意に。


「き、貴様、味方に禁忌魔法をかけるなんてどうかしているぞ!」


 辺境伯は後ずさりながら、スーツの男の悪意から逃れるように視線を逸らす。

 その先には、偶然エマがいた。


 背中にへばりついた恐怖がかき消えることを信じて張り叫ぶ。


「エマ、お前はそれでいいのか! お前は呪われているのだぞ! それなのに、なぜそいつの命令に素直に従う!」


 辺境伯の必死の非難に対し、エマは頬を染めながら言い切った。


「私はベルに命を救われた。だったら、私の命をどう使うかはベルが決める。当然でしょ?」


 心の底からそう思っているという表情。

 狂ってる。この女は人間の思考をしていない。


「貴様ら、完全にイカれてるぞ……」


 思わず内心を溢すと、スーツの男が亀裂のような笑みを浮かべた。


「それは少し違うな、辺境伯。我々はただ……"悪"なんだ」


 "悪"を名乗る悪の組織。

 しかし、やはり【篝火】なんて組織は聞いたことがなかった。だから別の質問をする。


「貴様は何者なんだ……」


 問いかけると、スーツの男は優雅にお辞儀をした。


「俺はベル・アークス。【篝火】の末端構成員をやっているものだ」


 もはや意味がわからなかった。今までで一番意味不明な発言だった。

 聞き間違いだと思った辺境伯は、もう一度尋ねようとしたが、それよりも相手の言葉の方が早かった。


「さて……最後にひとつ言っておこう。あなたも悪の組織を名乗るなら、せめて禁忌魔法くらいは儀式なしに操れるようになっておくといい」


 ベルと名乗った男が手を突きつけると、辺境伯は闇の霧に包まれた。

 おそらく、儀式も触媒も利用することなく、自分の力だけで【シア】を発動させたのだろう。


 辺境伯の体から力が抜けていく。

 そして思った。

 お前のような末端がいてたまるか、と。


「あとはエマの好きにしていいよ」


 ベルの背中が遠ざかっていく。

 エマが白銀の剣を引きずりながら歩いてくる。


「簡単には死なせないから、楽しんでね」


 ニンマリとした笑みを張り付けるエマに、辺境伯は身震いした。


 辺境伯が死を望むまで、そう時間はかからなかった。





 というわけで、秘密結社の拠点を壊滅させた。やったぜ。


 しかし……俺の迫真の演技に辺境伯はまんまとハマってたな。あのリアクションからして、俺のことを幹部とかボスとか、その類いの大物だと思ってただろうし。


 これは俺の野望が叶う日も近いかもしれない。いやー、今からニヤニヤが抑えられないぞ。


 あ、そうそう。野望と言えば、折角秘密結社の拠点まで来たんだし、何か使えそうな物ないかなと思って地下室を漁ってみたら、意外な収穫があった。


 まず、この秘密結社の名前は【ノスフェラトゥ】というらしい。

 それから、厳重に保管されていた研究資料を見つけた。


「えーと、なになに? アンデッド化に関する魔法研究の報告書。特記項目……吸血鬼?」






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ここまでお読みいただきありがとうございます。

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ちょっと変な主人公とヒロインではありますが、『悪の組織』の物語をよろしくお願いします。


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