第2話 末端構成員の俺、乗り込む
第三王女エマは、剣姫と呼ばれるほどの豪傑だ。
金髪青目の美人だが、戦場では血に染まった剣の鬼と化すらしい。
そんな有名人は、きれいさっぱりに治った自分の体を眺めると、俺の顔色を窺うように口を開いた。
「……あなたが私を助けてくれたの?」
「助ける? まさか。俺は君の顔が見てみたかっただけだよ」
半ば確信しているようなエマの問いかけに対し、俺は首を横に振る。
同じ組織内の味方ならともかく、路地裏に転がってる人間を助けたりはしない。
人助けする悪の組織の構成員ってなんだよ、って話だし。
悪人には悪人なりの美学があるのだ。
俺が為すのは巨大な悪事。
その辺は間違えないで欲しいね。
「そうだったの……。でも、ベル。たとえあなたにそのつもりがなかったとしても、言わせて。本当にありがとう……」
エマは声を震わせながら頭を下げた。
……なんか重いな。
まあ、あれだけ酷い目に遭えば、こうなるのも無理はないのか。
「この恩は必ず返す。あなたが望むなら、私はなんだってする」
「あー。別にいいよ、そういうの。だって、君は助かったわけじゃないからね」
「……え? 助かったわけじゃない? それってどういう意味?」
不思議そうに首を傾げるエマに、俺は自信満々に伝える。
「君は生まれ変わったんだ」
「生まれ変わった……?」
「ああ、そうだ。君の体は魔改造させてもらった。心臓には魔力コアを適合させている。筋肉には竜細胞を。損傷した内臓にはハイエルフのものを移植した。さらに俺の魔力を大量に注ぎ込んだから、並の傷なら勝手に完治するだろう。それと予め言っておくが、君には呪いの魔法【シア】を掛けたから、俺に危害を加えようとすると全身に激痛が走るからね」
「私を魔改造……」
エマは手を握ったり開いたりして、生まれ変わった体の具合を確かめる。
やがて満足したのか、エマは獣のように笑った。
「改めてありがとう、ベル。これであいつを八つ裂きにできる」
へぇ、動揺しないどころか感謝するのか。
これは思わぬ拾い物だったかな。
正直言うと、見たかった顔も見れたことだし、早いとこ帰ってもらおうかなーなんて考えてたが、この様子なら彼女と一緒に仕事をこなすのはアリかもしれない。
王女を悪に染めるというのも粋なものだ。
「ところで、あいつっていうのは誰? 何があったのか教えてもらえるかな」
俺が問うと、エマは自分の身に何が起こったのか思い出したのだろう、頭をガリガリとかきむしり始めた。
「……私はあいつが憎い」
そう切り出したエマの話はこうだ。
エマはこの街の領主である辺境伯に要請を受けて王都からここまでやってきた。
この街に住む冒険者や兵力では狩れない魔物が現れたという話だ。
しかし、そんな話はもちろん嘘で、エマは背後から刺された後、毒を盛られた。
そして意識を取り戻すと腕は鎖で縛られており、吊るされていた。
辺境伯は、第一級の犯罪組織として周辺国家で手配されている、秘密結社の一員だったのだ。
辺境伯の目的は王族の血であり、それを儀式に使用するらしい。
血の採取方法は苛烈だった。
拷問と回復魔法による強制的な治療を繰り返されて、エマは大量の血を吐き出させられた。
しかし、そこは流石の剣姫。体の毒がわずかに抜けた瞬間、隙を見て逃げ出したという。
「……私はあいつを許せない。尊厳を踏みにじられた」
エマの悲壮な声に、俺は顔を両手で覆った。
「なんてことだ……」
エマの許せないという気持ちには、俺としても賛同せざるを得ない。
その理由はたった一つ。
「──秘密結社だって?」
俺たちとは異なる悪の組織。
秘密結社という響きにはちょっとテンションが上がるが、しかしその存在を許しておくわけにはいかない。
というのも、万が一にも勇者がその秘密結社に目をつけられて、殺されてしまえば最悪だ。
それは俺の野望が潰えるということなんだから。
だからこそ、俺は常々思っている。
悪の組織は世界に一つだけでいい、と。
「エマ。その秘密結社の拠点まで案内してくれ」
紛い物にはご退場願おう。
「彼らが悪だと言うのなら……俺達は巨悪だ」
俺は歩みを進める。
悪の組織には絶対に負けられない戦いがある。
今がそうだ。
勇者に倒されるのは、この俺なんだ。
◆
俺は酒場に扮した秘密結社の拠点の扉をノックする。
少しだけ扉が開かれて、その隙間から大柄な男が威嚇してきた。
「ああ? なんだ、あんた。ここがどこだか分かってんのか?」
「もちろんだとも。端的に話そう。俺は君達が逃がしてしまった女の居場所を知っている。扉を開けてくれないか?」
「なんだと!」
狼狽しながら、大柄な男が飛び出してきた。
俺は迷わず、後ろ手に隠していた漆黒の剣を男の胸に突き刺す。
「うぐっ! え、は? 血……?」
混乱している男の瞳から光が失われる様子をじっくりと観察しながら、俺は冷たく告げる。
「どうだ? 思い知ったか?」
しかし、もはや答えは返ってこない。
俺は男を突き飛ばして剣を抜く。
そこでようやく、室内にたむろしていた他の連中が異変に気づき、大声で張り叫んだ。
「敵襲だ!」
「気づくのが遅いな」
武器を取って立ち上がる男達の首を素早く落とす。ものの数秒で全員片付けた。
「さあ。行こうか、エマ」
「う、うん」
唖然とするエマを連れて、室内を探索する。
地下への隠し階段を見つけた。俺はその先に進んでいく。
それにしても、折角エマを魔改造したのに、俺が全員始末してしまった。
もしこの先に辺境伯がいれば、エマに相手をしてもらおう。因縁もあることだしな。
◆
辺境伯は王位を求めた。
それを果たすための手段として、悪の道に染まると決めた。
秘密結社の一員となり、支援を受けたのだ。
そしてその内の一つこそが、王族の血を用いた儀式による、とある魔法の行使だった。
それさえ実現できれば、恐らく王位を狙えるだろう。
「あと一歩だったというのに……。なぜあの女は見つからない」
苛立っていたその時、同じ組織の一員が地下室の扉を開けてきた。
「辺境伯! 敵襲です! ──ぐぼぇっ!」
侵入者の存在を知らせにきた配下が倒れる。
見れば、その奥には仕立てのいいスーツを着た人物が立っていた。
「あなたが辺境伯か?」
「そうだが……。貴様、どこの組織の刺客だ?」
辺境伯が問いかけると、スーツを来た人物は、まるで世界を覆うように両手を広げた。
「我々は【篝火】。いずれ世界を手中に収める、悪の組織だ」
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