第12話 【私と子供の願い】Ⅳ

 陽が沈み、辺り一面を照らす月夜

 喧噪が止み、静寂が世界を包む

 風が髪を靡かせ、肌寒い空気が纏わりつく


「ここがあの子の言っていた病院ね…」


 私はあの少年の兄が入院している総合病院に足を運んだ

 あの少年の”願い”を叶える為に

 満月のスポットライトを浴びている病院の周りに観客は存在しない

 今宵のステージに登壇しているのは私と…

 私の背後から心臓の鼓動が鳴り響く

 その音の大きさ、聞こえてくる音の位置

 私はゆっくりと振り返り、音の正体を確認する


「これがあの子の願い…」


 目に映るのは影のような真っ黒で人型の見た目をしているが、人とは違う異形の存在

 全長約3m、目は閉じること無く前を見つめ、口は頬まで裂け、皮膚はノイズのように乱れている


「だっフn…んhう」


 何を視て、何を感じて、何を言っているのか人にはわからない

 人の形をした異形

 私は”コイツ”を殺しに来た

 目を浅く閉じ、次には”カッ”と見開く

 自分の中の巫女の力を解放する

 あの少年の”願い”を殺す為に

 私が巫女の力を解放した瞬間、異形の存在はこちらに気付いた

 巫女の力の解放は”こちら”と”あちら”の世界の接触

 お互いの世界が交わっていなかった為、巫女の力を持っている私でも視ることは出来ても触れることは出来ない

 向こうは見ることも存在を感じることも出来ない

 巫女としての力の解放によって可能になった世界の接触

 これによりあの少年の”願い”によって具現化したこの異形の存在を”殺す”ことが出来る


「カ…………イキ」


 化け物からの”メッセージ”、それが何を意味するのか私にはわからなかった


「キィィャアァアアァァアァァアァアア‼‼‼」


 化け物は私の存在に気付き、呟きから叫び声へと変わった

 叫び声が私の耳に、脳に、劈く

 脳裏には自分の無力感を噛み締め、神に縋るあの子が映る

 この化け物は少年の”願い”そして、自分の兄への想いの具現化

 私の口から言葉が漏れ出した


「私も戦うわ。だから絶望しないで」


 それは私の決意と届くはずのないあの子へのメッセージ

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