第3話 【私と日曜大工】
壊れた賽銭箱を背に顔を伏せ一人座り込む
孤独感が私を蝕む
慣れたと思っていたこの感覚⋯
「ふぅー、ダメね⋯」
自分の弱さに苛まれる
いつか救われる時は来るのだろうか
その時、私は心から喜ぶことが出来るのだろうか
そんな有り得ない未来に夢を見る
感傷的になっていると、階段を登ってくる足跡が耳に届く
そして階段を登切り、私を見つけたその人物は
「ただいまー」
右腕に木の板を数枚抱え、手にはコンビニ袋を持った神谷君が額に汗を滲ませ、笑顔でゆっくりとこちらに近付いてくる
「紅葉ちゃん、これ」
そう言って当たり付のバニラバーアイスとお釣を渡してくる
その彼の笑顔に私の心はザワつくが振り払うように受け取る
落とさないように握り熱を帯びた小銭と対照的に冷えたアイスを
牛乳のほのかな香り、口の中で溶けて広がる甘み、余韻が少なく後味に嫌味を残さない
冷た過ぎず、程よく私の熱を冷ましてくれる
アイスを堪能している私の隣ではトンカチを叩く神谷君がいる
"トントン"とリズミ良く、しかし時々音を外す、楽器の演奏ならば完全に不快なそんな音が私の耳を劈く
彼は文句も言わずに賽銭箱を直す
まぁ、当然と言えば当然
彼の面倒事の結果なのだから
そんな中、これまで息を吐くくらいしか動かなかった彼の口が開く
「ねぇ、紅葉ちゃん」
「んー?」
聞いても良いのかどうかを悩みつつも気になっていたことを意を決して聞いてくる
手を動かし続ける事で平常心を保ち、悟られないように
「さっきおじさんが言ってた巫女の宿命ってなんの事?」
やっぱりそのことか⋯
「それ聞いちゃう?胸の大きさを尋ねるくらいデリカシーないわよ」
「そんなに!?」
この男は⋯ホントどうしようもない
「いや、ほら何か悩んでるみたいだったからさ力になれないかなって」
⋯この男は何を言ってる
力になる?何も持っていない、喧嘩すら勝てないこの男が?
木々が風で葉を揺らす、その瞬間私の心もザワついた
(少しからかってみようかしら)
私は日曜大工をしてる彼の背に移動し問いかける
「あなたは人の願いが見えるとしたらどうする?」
「紅葉ちゃんには見えるの?」
彼は手を止めずに聞き返して来た
言葉からは信用していない、変な事言ってると頭の心配をするようにではなく、純粋に疑問を述べているようだった
「そうね⋯」
私は立ち上がり言葉を続ける
「人の願いを形にしたモノ、それを私が退治すれば願った人の願いは叶う。退治の経験を積ませることで私の巫女としての力を成長させる。そうすることでより強い人の願いを叶える。それが巫女の宿命」
神谷君は話終えた私に複雑な感情を持っているようだった
「⋯なんてね」
からかうつもりだったけど少し熱が入ってしまった
私の理解されない感情、彼に少しでも救われたいって思ってるか。でもこの感情は伝わることはない
(馬鹿馬鹿しい…)
この男の優しさに自分の感情が動いたとでも言うのかな
「で、賽銭箱は直ったの?」
この話はここまでにしないと
私の深淵が顔を出す
この深淵を彼に見せるつもりはないのだから
「あ、うん!もう大丈夫!」
自信に満ちた彼の言葉
それは自分の役目を全うし、成し遂げた者への賞賛を期待するかのようだった
しかし目の前のそれは言葉と反したモノだった
「⋯何これ」
ナニコレ…そう反応するしかない程のモノがそこにはあった
側面と口には長板をただ貼り付けだけ
誰が見ても評価は”がんばりましょう”だ
なんなら家族の誰かが寝ている間に直してしまう程だ
正にゴミ、資源の無駄使い
側面はまだしも、賽銭口に至っては板が邪魔をして半分以上が塞がってしまっている
直ってもいなければ賽銭箱としての役目も果たせない
「結構上手くいったでしょ?材料も余らなかったし、ゴミも出てないし!」
「⋯適当すぎるでしょ」
神への恩恵を願う場所にただのゴミな箱
そんなのはただの冒涜だ
神への恩恵を願う?馬鹿なの?
この男は一度神に怒られろ
「じゃぁ、僕は工具を片付けて帰るね」
「⋯」
私は絶句した
この男に直させたことに
やはりこの男ホントどうしようもない
「あっ、それから紅葉ちゃん」
「何よ⋯」
この産業廃棄物をどうしようか
この男が帰った後に結局私がやらないといけないのか
そんな私の感情とは関係なく彼は言う
とてもたった今このゴミを生み出したと思えない笑顔と優しい言葉で
「どんなことがあっても僕は紅葉ちゃんの味方だからね」
背を向け彼に顔を見られないように声色を気にして
「…はいはい、早く帰りなさい」
ぶっきらぼうに言い放つ
そんな私の言葉に「ひどいなぁ」と特に気にしないように言葉を返す神谷君
見られる訳にはいかない
悟られるわけにはいかない
この男には気づかれてはいけない
そんな私の強がり
一歩、また一歩と彼の足跡が離れていく
遠ざかっていく彼、この距離なら私の小声は届かない
私は少しばかりの感情を乗せ、聞こえないように彼に対して素直な気持ちを声に出す
「まぁ、ありがと⋯」
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