第2話 【私と父】
右側頭部にはでっかいたんこぶが出来たんじゃないかと思うくらいの違和感があり、頭の上を風が通り過ぎる度にヒリヒリと鈍い痛みを与えていく
そもそも、年頃の娘に対して体罰ってどうなのよ!
だから私は謝らずに逃げたかったのだ。だれが好き好んでこんな痛みを受けたいと思うのだろうか…
「フンッ!」と鼻息の後、無言で地面を指さし、「わかるよな?」とでも言いたげな父さん
ええ、わかりますとも。私はその場で両足を揃え直し、ゆっくりと膝を地に着け、背筋の伸ばしたままかかとでお尻を支えるように腰を下ろした。そうSEIZA(正座)である
父さんは二人が正座をするのを待ち、神谷君が座った後に父さんは重い口を開けた
「貴様、巫女だろう‼賽銭箱を破壊した挙句、賽銭を着服するとは言語道断!恥を知れ‼」
…既にさっき同じようなこと聞いたわ
父さんの怒号に対し、最初の感想はそれだった。まぁ、予想通りだったし何て返そうかしら
”ふぅー”と一度呼吸を挟み、私は…
「聞いて父さん。私はお金を安全な場所に移動しようとしただけ。無罪よ」
と、まぁしていたことと同じようなニュアンスのことでお茶を濁すことにした
隣で神谷君が(ものすごい着服しようとしているけど…)と言いたげにこちらを見ている。憎たらしい顔…
そんな私の発言に父さんのこめかみがピクって動いた。これ以上は聞く耳持ちそうにないわね…左側頭部にも鉄拳が飛んできそう…
「それに神谷君が来なければこんな事にならなかった。全ての責任はこのもやし野郎よ」
言い訳の限界を感じたため、責任転嫁で逃げようとする。ま、当然よね。私は悪くないし、この男の責任だし
当の神谷君は一転して冷や汗ダラダラでこちらを縋るように見ている
腕を組み、こちらを見ていた父さんは一度溜息をし、
「お前は神の力を不必要に使用しすぎている。巫女の宿命に反する行動は控えろ」
と、先ほどまでの怒号から諭すような口調に変わった
「私が何に使おうが私の勝手でしょ。くだらない」
私が望んで手に入れたモノじゃない。それに私は誰かの傀儡じゃない。私の自由だ
「…やはり、巫女としての自覚が足らんようだな」
そんな私の返答が気に入らなかったのか下ろした手を握りしめ、残念そうに言い放つ
その時、私は自分の中で何かがプツンっと切れる音が聞こえた
「当たり前でしょ。だって最期はあなたに殺されるだけだもの」
父さんは立っていて、私は正座。見下ろされているような状態だが、私は父さんに対し見下すような視線をし、言葉は怒り任せではなく冷静にとても冷たく淡々と口から出ていた
「私の力を成長させて剥奪する。そのあとは用済み」
私は立ち上がり、膝に付いた汚れを払い
「だから神社に縛っているようだけどいい加減無意味だと気付いたら?まぁ、そこまでしてでも母さんを生き返らせたいそうだけど…」
父さんの方へ一歩、また一歩と徐々に近づいて行き
「下心しかないあなたの方が恥を知ったらどうなの?」
下から覗き込むように言葉を発する
愛妻家?ただの未練がましい男なだけ。何かに縋ることでしか自分を保てない残念な男
私が言い終わると父さんの右手が私の首下まで伸び、そのまま握りしめる
「誰に口聞いてんだ?立場を考えさせる必要があるようだな」
力任せに片手で私を持ち上げ、私の足は段々と宙に浮いていく
喉を絞められ苦しいが、頭はとても冷静であった
「そもそも、お前が生まれて来なければ楓は…妻は死ぬことはなかった」
手の力がさらに強くなる。最愛の妻を奪った目の前の人物を本当に殺そうとしてくる。例え、それが自分の娘だったとしても
「妻を殺した悪魔め」
私の首に恨みを晴らそうと容赦なく力を入れている右腕に神谷君は引き剝がそうと跳びつく
「落ち着いてください‼」
彼の力じゃビクともしない、それは彼もわかっている。それでもなんとかしようと必死に首から手を剥がそうとしている
父さんはそんな彼の様子に対し腕を横に振り払い、私は勢い良く地面に激突する。彼もその勢いにより「うわ!」と驚いた声と一緒に地面に向かって倒れ込んだ
「紅葉ちゃん大丈夫⁉」
彼も痛かっただろうに、自分よりも私の心配をし駆け寄ってくる
こちらに対し背を向けながら父さんは話す
「お前に対して愛情も無ければ、罪悪感も無い。その力に価値があるのだけだ。」
とても自分の娘に対して言う言葉じゃない。父親として最低だ。だけどそれが事実だ。これまでも、そしてこれからも。私は娘ではなく母さんの為の生贄でしかない
「次またその減らず口を叩くようならその力が成長する前にお前を殺す」
冷たい目線でこちらを一瞥し、吐き捨てるように言い放つ
この男、本当に最低だ
「べーっ!二度と来るなクソ親父!」
「まさか、あそこまで怒るなんて…」
「言ったでしょ?血も涙もない人だって」
喧噪が止み、辺りは静寂に包まれた
台風が去った後のような晴々としか空間
しかし、そこには確かな傷跡を残していた
「それより、はいこれ」
「…?お金がどうかしたの?」
私は一枚のお札を神谷君の目の前に差し出した
先ほど賽銭泥棒…じゃない、バイト代の中の一枚を
「賽銭箱直すわよ。これで適当は木材買ってきなさい。後、お金が余ったらアイスも買ってきてよ。疲れちゃった」
彼に手渡し、おつかいをお願いした
どっと押し寄せる疲労感から身体が欲しているモノも一緒に告げ
「はいはい。わかりましたよ。じゃぁ、買ってくるね(…このお金、賽銭箱から盗ったやつだよね?本当に使っていいのかな?)」
神谷君は受け取ると、何を言っても断れないと察し、拒否することなく歩き出す
そんな神谷君の背を見送る私
一歩、また一歩と遠ざかっていき、階段を降りて行く
彼の背が段々小さく、消えていく
そして私は感じてしまう
(私は…孤独だ)
(生まれてから愛情なんて注がれたこともなく、ただ利用されるだけの人間でしかない)
(きっと神谷君も絡まれたら助けてくれる。そんな風に利用できる人間としか思ってないんだろう…)
私には何もない
この虚無感に襲われる感覚をこの先後何回味わうのだろう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます