第1話 【私と神谷君】

 1990年代の秋

 肌寒い空気が世界を駆け抜ける

 季節の変わり目を木々が落とし、地を染める中

 1人の巫女姿の少女が境内を掃除している

 そこは年の瀬にくらいしか参拝客が来ない寂れた神社

 そこで彼女は巫女の修行と言う名目の下、日々束縛された生活を送っている

 鳥籠の中の鳥、それが彼女だ

 彼女は学校には通っていない

 彼女の年齢ならば高校生として過ごしているのが一般的だと思う

 友人と楽しそうに会話する日常

 休日に買い物に出かける学生

 彼女にとってソレはまぶしい世界

 自分とは違う世界、憧れに近いモノですらある

 彼女にとって今の自分は忌み嫌うモノ

 でも、彼女はそれを受け入れている

 何故なら父親が…

 そんなモノローグの途中に


「勘弁してください!」


 紅葉が箒に集められる中、大きな声が境内に響く


「チッ、ちょこまかと逃げやがってよッ!」

「やっと追い詰めたぜ、神谷君」


 声は3名の男性のモノだ

 段々とその声の主達が姿を現す


「ぐはッ!や…やめッ‼」


 1人の少年が殴られ、階段の頂上で倒れ込む


「オラッ!」


 倒れた少年に2人の男は更に襲い掛かる

 私の視界には神谷君と呼ばれる少年と

 金髪にギラギラしたピアスをつけてる男に、帽子を目深に被っている男

 その3名が映っている

 倒れている少年を囲むように男達は座り込む


「わざわざ神社まで逃げやがって」

「必死に抵抗したところでお前に逃げ道なんかねぇよ」


 話から察するに街中で喧嘩になり、この神社まで逃げ込んだが捕まってしまったってことだろう

(しかし…まぁ、よくやるわね…)

 どこで喧嘩したかはしらないけど、この神社は人里から結構離れている

 ここまで来るのに相当走ってきたことはわかる

 喧嘩って言うのはそこまでしてやるものなのかねぇ

 私にはその気持ちが全然理解出来ない

(ホント、男って馬鹿ね)


「大体テメェのそういうとこが腹立つんだよ、死ねオラ!」


 男達の収まらない怒り、少年の呻き声に対して私は呆れ溜息をつく

 少年の声が聞こえた時点で私はこの光景が安易に想像出来た

 何故なら私は神谷君と呼ばれている少年のことを知っている

 そして…


「はぁ…またか…」


 ここに逃げ込んでくるのは初めてのことではないのだから


「ちょっと、喧嘩なら他所でやりなさいよ」


 別に喧嘩の仲裁をしたいわけではない

 この男がどうなろうと私には関係がない

 コンビニに行く感覚でここに訪れるこの男

 ほんと煩わしい

(この集めた落ち葉と一緒に燃えてくれないかしら)

 集めた足元の落ち葉が風で飛んでいく


「そんな‼そんなこと言わずに助けてよ紅葉ちゃん!」


 助けを求める目、縋る言葉

 仮にも女性に助けを求めるとか…

 この男にはプライドがないのか


「あなた男でしょ?だったらそんな間抜け共八つ裂きにしなさいよ」


 喧嘩なんて大半がただの弱い者いじめだ

 力に抗うこともなく遜る

 私は弱い者いじめは当然として

 それ以上に抗うことなく遜る男がホント嫌い


「あぁ?なんだあの女」

「神谷、お前あのコスプレ女と知り合いか?」


 私の言葉が癇に障ったのか、興味が私の方に向いてきた

 タバコに火を着け、金髪が私の正面に寄ってきた

(あー、メンドクサイ…)


「誰だか知らんが俺らはあいつの腐った性根を叩き直している最中なんだよ」


 ”プハァー”っと煙を私に向かって吐き捨てる


「それともテメェも神谷みたいになるか?」


 煙が私の視界を覆う

 一面が真っ白になり、独特の香りが通り抜ける

 そこで私の何かが”ブチっ”と音を立てた

 この男の態度が性格が性根が何もかもが

(気に入らない)

 タバコを再び口にしようとした瞬間、私の手は動いてた

 左手の甲で持っていた右手のタバコを叩き落とした

 金髪は一瞬なにが起きたのかわからず呆気に取られていた

 その刹那、右手で胸倉を掴み


「よいしょぉぉぉ‼」


 ぶん投げた。それはもう盛大に

 柔道なら完全に危険行為で一発アウトだろう

 場所が良いのか悪いのか、私の後ろには賽銭箱があった

 境内に音が響き渡る

 賽銭箱はギリギリ形を保っているが、それはもう目的を遂行出来ないモノとなっている

 賽銭箱に突っ込まれたその男は犬神家のような姿勢になっている

 それはもう第三者目線なら驚きと爆笑の渦だろう

 ゴミを片付けた後のように手を払うように叩き


「はい次」


 その場を駆け、もう一人に向かって

”ガン”

 顔面に向かってドロップキックを決めた

 勢いよく蹴り飛ばされた帽子の男は宙で一回転でもしたんじゃないかってくらい飛んで行った

 それはもう綺麗に


「ぐっ…調子に乗りやがって…」


 蹴られた箇所を押さえ、地面に勢いよく叩きつけられたのもあり顔を痛みで歪ませている

 横たわっているところに追い打ちをかけるように

 賽銭箱で犬神家をしていた金髪を放り投げる


「ギャァァァ!」


 2人は勢い良くぶつかり、悲鳴と衝撃音のハーモニーを奏でる

 こんな汚い音楽ならお金を貰ってもごめんだ

 早々にお帰り願おう


「次来る時は5千円以上の賽銭を持ってくることね。それともまだやる?」


 女にここまでボコされてまだやる気があるなら大したもんだけど


「チクショォォ‼次はタダじゃすまねぇからな‼」


 そんな三下のようなセリフを聞けるとは思わなかった

 次か…最低1万以上は貰えるのかしら

 それなら喜んで来て欲しいものだけど


「あはは…相変わらず紅葉ちゃんはすごいね…」


 引きつった笑顔の彼


「神谷君ももう少し強くなりなさい」

「…はい」


 彼の頬に一筋の汗が伝ったような気がした


「すごいやられたわね。ほら、立てる?」


 地にへたりこんだ彼に対して膝を曲げ、掴まれるように手を差し出す

 彼はその手に対し「ありがとう…」と感謝を述べゆっくりと掴まった。


「さて」


 結果的ではあるが弱虫な彼こと神谷君を救うことにはなった


「いてて…」


 見た目はとてもボロボロだけど特に大きな怪我もなく無事な為、問題はない

 元々彼が持ち込んだ問題なのだから彼がボロボロなのは仕方ないことだ

 そう”彼は”だ

 彼を助けたことの代償はとても大きかった


「どうすんのこれ?」


 視線の先には辛うじて形は保っているももの、所々折れ、真ん中に大きな穴が開き、賽銭泥棒がいたらもう喜んで中身を持っていきそうな素敵な賽銭箱があった


「…」


 神谷君もその現状に言葉を出せずにいた

 助かったと一息付きたい時なのに目の前に新しい問題があるとしたらそれは言葉も失うだろう


「父さんにバレたら厄介だし、賽銭箱のお金盗んで遠くに逃げましょう」


 正に名案だと思った。いくら普段参拝客がいないからと言ってもここは神社なのだ。賽銭箱の中身はそれなりに入っている。今日まで境内を綺麗にしてきたのだ、その対価”バイト代”を貰っても神様は怒らないだろう


「ええ⁉巫女がそんな事していいの⁉」


 そんな私を止めるようなツッコミが隣から入った。この男は巫女にどんな夢を抱いているのか。そもそも…


「なによ、元はと言えばあなたのせいでしょ」

「いや、まぁ…そうだけどさ」


 この男が問題事を持ってきたことが原因なのである。そして私はただバイト代を受け取るだけである。まるで悪いことのように言うのはやめて欲しい


「やっぱこの時期は京都よね。温泉にも入りたいし」


 賽銭箱に乗り出し、賽銭を拝借する巫女の姿がそこにはあった

 彼女の頭の中ではもうどこに行くか、何をするかしかなかった

 京都と言えば、風雅を堪能できる庭園や耳に心地よい川のせせらぎ、職人による石畳、美しい海景と満点星空といった絶景、八つ橋を始めとした和菓子とお茶

 視界で楽しみ、舌で堪能し、心安らぐ安息の地

 日本人として生まれたならやっぱり和が大事なのよ

 そんな私を余所に


「やっぱり素直に謝った方が…」


 神谷君は狼狽えていた


「謝っても無駄よ。あの親父は血も涙もない人だもの」


 そう、無駄なのだ

 素直に謝る?その選択肢だけはない

 私はこれまで人生、一緒に過ごして来たのだ。謝ることが大事?確かに世間一般ならそうだ。悪いことをしたら謝るべきだ

 でも私は違う。そこに何も意味がないことをこれまでの人生で学んでいる

 怒られるか、逃げるか。その二択しかないのである

 私は怒られたくない。だから逃げる


「ラッキー!一万円札入ってるわ!賽銭に一万円札なんて間抜けもいるのね」


 目と鼻の先には小銭で埋もれ、1と0の高貴な主張のお札。一万円札が見えている

 小銭だと嵩張って大変だから助かった。幸先よし。私って運が良い。日頃の行いが良いからかしら

 そんな上機嫌の私に何やら強張った声で「あの…」と神谷君が声を掛けてくる

…邪魔しないで欲しい。私は今お札の探索に忙しいのだから

 反応しないでいると、次は「おい」と声を掛けられる

 無視されたことがよっぽど癪に障ったのか、その言葉は語気が強かった

 しかし、奥の方に何やら紙が見える。あれはお札ではないか。金額は。と今の私はそれどころじゃない


「うっさいわね‼あなたも早く手伝いなさ―」


 見えているお札に手を伸ばし、振り向きながら言葉を発するが目にした人物に途中で言葉が詰まってしまった


「げっ、父さん…」


 そこには苦虫を噛み潰したような表情の神谷君と節分でもないのに鬼の仮面を被っているように見える父さんが並んでいた


「お前は賽銭箱を漁って何をしているだ?」


 指を鳴らす父さんの背には”バキバキ”と効果音が見えるようだった

 その瞬間、私は悟った

(あー、終わった…)

 振り下ろした拳と同時に「この大戯け者がァァ‼」と境内に響き渡り、ちょっと後に”ドカッ”と鈍い音と「ぎゃはぁ!」と情けない声が追いかける

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る