第3話 【私と神谷君】Ⅲ

「さて」


 結果的ではあるが弱虫な彼こと神谷君を救うことにはなった


「いてて…」


 見た目はとてもボロボロだけど特に大きな怪我もなく無事な為、問題はない

 元々彼が持ち込んだ問題なのだから彼がボロボロなのは仕方ないことだ

 そう”彼は”だ

 彼を助けたことの代償はとても大きかった


「どうすんのこれ?」


 視線の先には辛うじて形は保っているももの、所々折れ、真ん中に大きな穴が開き、賽銭泥棒がいたらもう喜んで中身を持っていきそうな素敵な賽銭箱があった


「…」


 神谷君もその現状に言葉を出せずにいた

 助かったと一息付きたい時なのに目の前に新しい問題があるとしたらそれは言葉も失うだろう


「父さんにバレたら厄介だし、賽銭箱のお金盗んで遠くに逃げましょう」


 正に名案だと思った。いくら普段参拝客がいないからと言ってもここは神社なのだ。賽銭箱の中身はそれなりに入っている。今日まで境内を綺麗にしてきたのだ、その対価”バイト代”を貰っても神様は怒らないだろう


「ええ⁉巫女がそんな事していいの⁉」


 そんな私を止めるようなツッコミが隣から入った。この男は巫女にどんな夢を抱いているのか。そもそも…


「なによ、元はと言えばあなたのせいでしょ」

「いや、まぁ…そうだけどさ」


 この男が問題事を持ってきたことが原因なのである。そして私はただバイト代を受け取るだけである。まるで悪いことのように言うのはやめて欲しい


「やっぱこの時期は京都よね。温泉にも入りたいし」


 賽銭箱に乗り出し、賽銭を拝借する巫女の姿がそこにはあった

 彼女の頭の中ではもうどこに行くか、何をするかしかなかった

 京都と言えば、風雅を堪能できる庭園や耳に心地よい川のせせらぎ、職人による石畳、美しい海景と満点星空といった絶景、八つ橋を始めとした和菓子とお茶

 視界で楽しみ、舌で堪能し、心安らぐ安息の地

 日本人として生まれたならやっぱり和が大事なのよ

 そんな私を余所に


「やっぱり素直に謝った方が…」


 神谷君は狼狽えていた


「謝っても無駄よ。あの親父は血も涙もない人だもの」


 そう、無駄なのだ

 素直に謝る?その選択肢だけはない

 私はこれまで人生、一緒に過ごして来たのだ。謝ることが大事?確かに世間一般ならそうだ。悪いことをしたら謝るべきだ

 でも私は違う。そこに何も意味がないことをこれまでの人生で学んでいる

 怒られるか、逃げるか。その二択しかないのである

 私は怒られたくない。だから逃げる


「ラッキー!一万円札入ってるわ!賽銭に一万円札なんて間抜けもいるのね」


 目と鼻の先には小銭で埋もれ、1と0の高貴な主張のお札。一万円札が見えている

 小銭だと嵩張って大変だから助かった。幸先よし。私って運が良い。日頃の行いが良いからかしら

 そんな上機嫌の私に何やら強張った声で「あの…」と神谷君が声を掛けてくる

…邪魔しないで欲しい。私は今お札の探索に忙しいのだから

 反応しないでいると、次は「おい」と声を掛けられる

 無視されたことがよっぽど癪に障ったのか、その言葉は語気が強かった

 しかし、奥の方に何やら紙が見える。あれはお札ではないか。金額は。と今の私はそれどころじゃない


「うっさいわね‼あなたも早く手伝いなさ―」


 見えているお札に手を伸ばし、振り向きながら言葉を発するが目にした人物に途中で言葉が詰まってしまった


「げっ、父さん…」


 そこには苦虫を噛み潰したような表情の神谷君と節分でもないのに鬼の仮面を被っているように見える父さんが並んでいた


「お前は賽銭箱を漁って何をしているだ?」


 指を鳴らす父さんの背には”バキバキ”と効果音が見えるようだった

 その瞬間、私は悟った

(あー、終わった…)

 振り下ろした拳と同時に「この大戯け者がァァ‼」と境内に響き渡り、ちょっと後に”ドカッ”と鈍い音と「ぎゃはぁ!」と情けない声が追いかける

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る