第27話 お姉さんと二度目のプロポーズ

 ユグドラシルを覆っていた夜の帳は下りた。


 日は昇り、荒廃した大地を浮き彫りにした。


 そこを吹き抜ける風が、カリブディスの鉄と油の焼ける匂いを散らす。


 お姉さんはたたずみ、ぐるりユグドラシルを見渡して、手のひらの僕へと視線を落とす。


 僕はうやうやしく膝を地につけて、お姉さんに請う。


「僕と結婚してください!」


「ノア君……」


 お姉さんは眉尻を下げて、とても残念な眼差しを僕に見せた。


「……だめ、ですか?」


「ううん……」


「じゃあ!」


「でも、私……こんなだよ?」


「お姉さんはお姉さんじゃないか!」


「でも、これじゃぁ子供も作れないよ?」


 お姉さんは大きなほっぺをいっぱいに赤らめて言う。


「僕が子供を作るよ!」


「一緒の家にも住めないし、添い寝なんかしたら潰してしまうかも……」


「もうっ! お姉さんは僕と結婚したくないのっ!?」


「そ……、そりゃしたいよ? したいけど……」


「だったら結婚してよ!! 僕はもうお姉さんの居ない人生なんて考えられない!!」

 

 お姉さんは大き過ぎる目を、更に大きく拡げた。


「ノア君……じゃあ……」


「うん」


 今度は目を薄めてモジモジし始めた。


「こんな私でも貰ってくれるかな?」


「あったりまえだろっ!!」


「ふふふ♪ もうっ! ノア君、大好き♡」


「僕はもっと好きなんだからねっ!!」


 そして僕たちは


 キスをした。


 長い長いキスだ。


 

 しかし、ユグドラシルの世界は既に崩壊している。荒れ果てた世界はどこまでも続き、人々の姿は何処にも見当たらない。


 風が僕たちの間を吹き抜けた。


─リイィン…


「……ノア君」


「どうしたの?」


「行かなくちゃ」


「どこに?」


「ユグドラシルが、ユラちゃんが呼んでる…」


「え?」


「行かなきゃ…」


「ちょっと、お姉さん!?」


 お姉さんは突然ユグドラシルへ向かって歩き出した。


 真っ直ぐにユグドラシルへと向けられるお姉さんの眼差しに、僕は一抹の不安を感じていた。


 お姉さん? また僕を置いてかないでよ!?


 構わずお姉さんはぐんぐんと進んで行く。


 次第に近付いて来るユグドラシルは、いつもと様子が違う。全体的に光を帯びていつも以上に神秘的な雰囲気を醸し出している。


 ユグドラシルに着くとお姉さんは立ち止まって、地面にひざまづき僕を降ろした。


「ノア君……」


「お姉さん?」


「少し……離れていて。意識が……遠退いて……ノア……くん」


 お姉さんは魔石を抜いたゴーレムの様に、色が抜けて動かなくなった。

 今の今まで赤かった模様も、灰色になってしまった。


 お姉さんは、また女神像に戻って……しまったの?


 僕はお姉さんに触れてみるけど、先程まで柔らかだった肌が石の様に硬い。


 ……ヤだ


 嫌だ……


「お姉さん!」


 僕はユグドラシルの樹を叩いた!


「お願い! お姉さんを返して!! 何でもしますから!! お願いします!! もう僕からお姉さんを奪わないでください!!」


 手から血が滲んで、ユグドラシルの樹が赤く染まってゆく。


『落ち着きなさい』


 ユグドラシルの少女?


「だってお姉さんが!」


『ルナの肉体はもうない。モックルカールヴィは仮初の肉体で、その役目はもう済んだ』


「そんな……じゃあお姉さんは?」


『魂だけがその魔石に収められている状態だ』


 僕は女神像の胸に嵌め込まれた魔石を見た。


 まだ赤く光っている。


 この魔石を……ルナちゃんに使えば、お姉さんを取り戻せるだろうか?

 しかしそうすれば、ルナちゃんはもう……。


「……もし、代わりの器が無ければ、どうなりますか?」


『死ぬ』


「僕の身体をお姉さんに譲る事は出来ますか?」


『落ち着きなさい、と、言ったであろう?』


「落ち着いたらお姉さんが帰って来るの!?」


『そもそも、その魔石はお前のモノではない。返してもらおうか』


「ヤだ! お姉さんは渡さない!!」


 僕の手の中から瞬間的に彼女の手元に移動した。


 すると少女の身体が大きくなり、次第に大人の女性の身体になっていた。


『聞き分けが悪い奴め』


「お姉さんを返せ!!」


『魔石は返してもらう』


 僕は彼女を捕まえようとしたが、すり抜けて手が樹に触れる。


 彼女の姿はもうない。


「くっそおおおおおあおおおお!!」


 僕は頭を樹にガンガンと打ち付けた!!


 額が割れて血が飛び散った!


『落ち着きの無い小僧だ』


「うるさい! お前なんかに何が解る!?」


『全てだ』


「何を──っ!?」

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