第26話 お姉さんとカリブディス

 モックルカールヴィことルナと魔神たちの戦いを、遠くで観ている者が居た。


 パスカルが搭乗するピグリティアだ。


 足元にはヨルムンガンドやニーズヘッグが横たわり、残ったヴァルキリーやリヴァイアサン、ヘル、ヴァーリは、モックルカールヴィを確認すると戦闘から離れて行った。


『超光学魔導のレーザーキャノンが効かないなんて……僕の攻撃なんて通用するわけ無い!』


 一連の戦闘を観ていて、物理はともかく、魔法においては無効化されている様にしか見えないのだ。着弾の際に身体に妨害障壁みたいなモノが展開されていると、画像からは解析された。


 ピグリディアは防御特化の魔導攻撃専門魔神だ。敵の攻撃に耐性があったとしても、戦う手段が魔導しか持ち合わせていない為に、ダメージを与えるイメージが湧かない。


 残りの戦力も見る限りジリ貧である。


『こちらパスカル、こちらパスカル、戦艦カリブディス、応答せよ! 戦艦カリブディス、応答せよ!』


『こちら戦艦カリブディス、どうぞ』


『形勢不利につき一時帰還したい、どうぞ!』


『あ! パスカル! 抜け駆けなんてズルいぞ!?』


『んなもん勝てるかよ!』


『こちらカリブディス、ゲートは危険と判断。魔神回収の為に援護射撃に入る。様子を見て帰還せよ!』


『『了解!』』


 敵が攻撃して来なくなった。まだ油断は出来ないけれど、脅威ではなくなった気がする。


「逃さないよ!?」


 お姉さんが追撃する!


 ギガンテスハンマーを振り上げて鬼神アイラを追いかける。

 腕の無い鬼神アイラはただの歩くロボットでしかない。ホバリング移動するからまあまあ速いが、お姉さんだって負けてない!


 ゆ、揺れる〜〜〜!!


「待て───っ!!」


『待てと言われて待つ馬鹿が何処にいる!?』


「あ、カリブディス!」


『えっ!?』


─ドカン!


 振り向いた頭の無い鬼神アイラは地中深く埋まった。


 そんな稚拙な嘘に騙されるかなんて思ったけれど、騙される人も居るんだね?

 

 残す一機。


 魔神ピグリティアは離れたところにいる。


 そして上空に影が差し、やがて夜が来た。


 戦艦カリブディスだ。


 デカすぎる……。


 ピグリティアは背中のバックパックに積んだジェットで、カリブディスへと飛び立つ。


「ノア君」


「ん?」


「あのハエ落とせる?」


「……ハエの上になら行けるかも?」


「どうすれば良い?」


「お姉さんのマナを借りるよ!!」


「わかった!!」


 僕はポケットから小瓶に詰められた虹色の粉を取り出して魔法を唱えた。


〘ティンクル スティンクル アル ア モス ライディングル〙


 虹色の粉は光をまとい、風に乗ってお姉さんの身体をくるくる回る。

 

〘風の精霊シルフよ 我が名 ノア=ドヴェルグ=ウトナの命により 大地の呪縛より解き放て〙


 お姉さんの身体が地面から浮いた。と言ってもまだふわふわ浮いてる程度だ。


「うわわっ!? ノア君?」


〘シルフよ シルフィード 風の束となりて 我らを舞い上げ 我らが望む場所へ届けよ〙


「きゃああああああああ!!」


 お姉さんの身体が突然の上昇気流に乗って、天高く舞い上がり、ピグリティアに追い付き、えいっと、叩き落とすが上昇気流は止まらない。


 お姉さんに振りかけた妖精の羽の粉は、風の魔法のエンチャント効果が非常に高い触媒だ。

 僕の風魔法でお姉さんをカリブディスへ届かせるには、この方法くらいしか考えられない。


「お姉さん! もうすぐ着くから振り落とされないでね!」


「ひゃい。 わかりた!」


 お姉さんはおっかなびっくりでカリブディスの機体の上に着地した。カリブディスは十分大きいので足場はしっかりしているのだが、お姉さんが乗った事で機体が傾き始めた。


「の、ノア君!?」


「何ですかお姉さん?」


「き、機体が傾いたの、私が重たいからじゃ、ないんだからね!?」


「お姉さん?」


「んにゃ?」


「さっさと終わらせよう?」


「もうっ! そんな事ないよ! っとか言ってくれたって良いのに……プンプン!」


「何言ってんの? 僕は早く終わらせて、お姉さんと結婚したいんだよ?」


「む。 ノア君はズルい! そんな事言われたら、お姉さん張り切っちゃうんだからねっ!?」


「うん!!」


 ふんすって鼻息が、僕の頭に強風になって吹き抜けた。


 その間にもカリブディスの主砲が火を吹いているのだが、お姉さんへの振動がそのままカリブディスへと伝わって、足元がパラバラと崩れ落ちて行くだけだ。


 お姉さんはラヴドラシルの刃を下にして大きく持ち上げて、


─ズドン!


 カリブディスへと突き刺した! 僕は縦に大きく揺れる!


「あわわ……」


 そしてお姉さんはラヴドラシルを突き刺したまま走って、機体を二分割にした! バチバチと電気が弾けて、あちこちで火の手が上がり、黒い煙が立ち上る。バラバラと機体のパーツが落ちて行き、高度はぐんぐん下がってゆく。


「っしゃあ!!」


 ガッツポーズをとるお姉さんはちょっと格好良かった。


 しかし


─シュバッ!


 カリブディスの後部ハッチが開いて、艦長とドクターが乗った小型船が飛び出した!


『化け物め! 覚えてろ!!』


 捨て台詞まで残した!


「誰が……」


 しかし、それが彼らの最後の言葉となるとは思わなかっただろう。


 お姉さんはカリブディスから抜き取ったラヴドラシルを


「化け物ですかっ!!」


 思いっきり投げた!!


─スパン!


 小型船へ見事に命中して木っ端微塵に散った。


─ズズズズズズズズズ……


 そしてカリブディスも墜ちて、ピグリティアはその下敷きとなり、ユグドラシルの荒廃は止まった。


 そうだ


 ラグナロクは終焉を迎えたのだ。

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