第22話 お姉さんと伝説

 僕たちは帝国の郊外にあった研究所へ来ていた。


 何故自分のラボじゃないかと言うと、僕のラボは見る影もなく消えてなくなっていたのだ。僕が途方に暮れていると、ルナちゃんが帝国の研究所にアクセスして、様子を窺ってくれたのだ。

 映像だけで言うなら半壊はしているが、電気もエーテルも水も通っていて、研究所としては快適なのだ。


 そしてその研究所で僕はユグドラシルの枝の加工を急いでいた。


 ラグナロクが始まったと言うことは、アレが現れるのだろう。


 伝説のモックルカールヴィ。


 このユグドラシルでは、過去二回のラグナロクの記録がある。


 一度目は、この世界が巨人族に支配されていた頃、大巨人ユミルが猛威を振るい、他の種族を蹂躙して捕食し始めたのだ。

 この世界の王たちはユグドラシルを護る神、魔王、竜王に助けを求めた。その際に世界樹の祠に隠された角笛ギャラルホルンを吹くように啓示を受け、そのようにした。

 たちまち世界は混沌に包まれたが、暴れていた巨人族は駆逐された。しかし、それでも手に負えなかった大巨人ユミルは、何処からか現れたモックルカールヴィが討伐したと言う。

 そしてユミルの身体は解体されて新しい世界を作る素材となったと言う。


 何て言う壮大な話なんだ!


 二度目のラグナロクは人の王、帝国天帝バビロンがミーミルの泉で真理を得て、自分が神だと言い出して、オーディンを引きずり降ろすべくバベルの塔を建設し始めた時だった。

 アスガルド山に頂くアスガルド城に迫る勢いで建設が進んだ頃、アスガルド皇国教皇が神託を受けてギャラルホルンを吹いた。

 またしても世界は混沌に包まれて、帝国は一夜にして崩壊した。しかし、バベルの塔はあまりに強固で大きかった。

 ついにアスガルドへ侵攻しようとしたとの時、やはり何処からともなくモックルカールヴィが現れた。モックルカールヴィはバベルの塔を圧し折って遠くへ投げ捨て、それを燃やしたと言う。こうして出来た大陸がムスペル大陸だった。


 これらの伝説はそれを傍から見ていたドヴェルグに伝わる伝承でしかない。

 それを幼少の頃から語り聞かされて来た僕は、非常に不謹慎だと思われるかもれないけれど、どこかラグナロクを待っていた気がする。


 そして


 伝説のモックルカールヴィを。


 見てみたい!


 このラグナロクを終わらせてくれるなら、僕はこの命を投げ出しても構わない!

 この世界とお姉さんが守れるなら、僕のちっぽけな命なんて惜しくない!!


 そして、時もなく、僕は来たるべきその時の為に、これを完成させた。


 神木刀・世界樹のラヴドラシル


 この世界を愛で満たす剣だ!


─ドッゴ──ッン!!


 突然、大きな地響きとともに建物が崩れる音がして、外から拡声器を通した下品な声が聞こえて来る。


『おいルナッ! ここに居るんだろ、出てこい!!』


 耳障りだ。


 僕は頭にきたぞっ!?


「お姉さんはこれを着てここに居てね! 絶対に出て来ちゃ駄目だからね!?」


「ノア君っ!?」


 僕はお姉さんにそう言って光魔導迷彩マントを着せると、声の主を確認しようと研究所のバルコニーに出た。


 そして僕はそれを見て


「モックルカールヴィ……?なのか?」


 と、呟いた。


 が、違う! モックルカールヴィがこんな下品な人工物なわけがない! じゃあこれは何だ? 馬鹿みたいに大きな人型の強化装甲ロボット?


『あ? 何言ってんだ、チビ?』


 真っ黒な機体が稲光を逆行に更に禍々しさを持った黒さを強調した。

 そしてその黒い装甲の隙間からエーテル回路であろう赤い筋が何本も見える。


「言っただろう!? 地球人ごときがアーティファクトを扱うなんて百億年早いんだって!?」


『あん? そんなこたぁコレを見て言えよなっ!?』


 その黒い機体の左腕の手甲から大きな筒状のモノが伸びて、湖の向こうのアスガルド山へと向けた。


─ピピッ─ッチュン…


 電子的な捕捉音の後、筒から放たれた一条の光がアスガルド山の中腹に吸い込まれた。


 「はっ!? 何を見れば良いんだ──」


 と、言いかけた時。


─ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…


 アスガルドの中腹に巨大な穴が空いて、山が崩れるような大きな地鳴りがこちらまで響いて来た。


 「……」


『よお、チビッたか、チビだけによっ?』


「キサマっ! 何て…モノを!?」


『これが地球人の最終兵器、機動魔神モバイルマシンだ! さあ、分かったら大人しくルナを出しやがれ!!』


 ─ピピッ


 どうやら今度は僕が捕捉されたようだが、撃てば研究所ごと消えて無くなってしまう。なので、まず撃てないだろう!?


 先程の銃口がこちらに向けられて、それに打ち付ける雨が蒸発して白い煙を風に棚引かせている。


「ノア君!!」


 と、お姉さんの声が聞こえたと思った次の瞬間。


─ズバキッ!


 何かが壊れた音がして、魔神と呼ばれた黒い機体の左腕が落ちた!


─ドオオオオン…


 同時に飛空艇だったマンダリンがバラバラとその残骸を散らしてゆく。


『よう、やってくれるじゃねえか、ルナ!?』


 飛空艇からバルコニーへと飛び降りたお姉さんが僕の前にたつ。


「お姉さんっ!?」

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