第20話 お姉さんとユグドラシル
ユグドラシルの根本に少女がいる。
透き通るほどに白い肌とクリスタルの様に煌めく瞳、色と言うよりも光に近い髪を持つ少女が私を見ている。
ノア君やルナちゃんは黙々と作業を進めているが、あの子の存在に気付いていない様だ。
「ノア君」
「どうしたの、お姉さん?」
「あの子見えてる?」
「ん? ユグドラシルの樹?」
「ううん、その根本に座ってる女の子」
「ん〜、分かんないけど、お姉さん精霊でも見えるのかな? 魔力も無いのに不思議だね?」
「精霊? そっか……ちょっと行って来ても良い?」
「うん、こっちの作業は僕らに任せて、精霊さんと遊んであげると良いよ」
「ありがとう!」
私はマンダリンから離れてユグドラシルの根本に居る少女の元へと歩いた。
少女はこちらに気づくと立ち上がってにっこりと微笑んだ。
きらん、と音が聴こえる気がする。
可愛らしいと言うよりも神々しいくらいに美しい。
「もしかして、私に用があった?」
『世界の外から来た者よ』
それは言葉ではない、頭の中に直接語りかけてくる何かだ。
私は不思議に思いながらも会話を試みる。
「あなたはだあれ?」
『わたしは■■■■■■。そなたが来るのを待っておった』
「名前、聞き取れなかったな。何て言ったんだろう?」
『ユラと呼びなさい』
「ユラちゃん」
『……良いでしょう』
「じゃあ、私のことはルナちゃんで良いよ?」
『ルナ……ちゃん?』
「そう。 ユラちゃんはここで何してるのかな?」
『私の身体の一部が削られてゆくのを見ておったのだ』
やっぱりユグドラシルの精霊なのだろうか? 不思議な子。
「……不思議ちゃん?」
『何を言っておるのか判らん』
「ところで私に何か用?」
『うむ。私はお前たち地球人が憎い。しかし、これも自然の摂理なのやも知れん。この世界は何処まで行っても弱肉強食なのだろう』
この子にも酷い事をしちゃったな。あの枝を折ったのも地球人だもんね。
「ごめんねユラちゃん? 地球人は地球人の私から見ても酷い事をしているよ。
強いからと言って弱いものを食べて良いなんて決まってない。時には強いものが弱いものを守るべきだわ?」
『悪い事していないのなら、ルナちゃんが謝る必要はないであろう?』
「それでも……私は止められなかった。この命を捨てても止めるべきだったと思ってたのに」
私はこのユグドラシルの為に何も出来ていない。最低だ。
『ルナちゃん』
「なあに、ユラちゃん?」
『命は粗末にするな。悲しむ者も居るのであろう』
私だって死にたいわけじゃない。このままノア君と生きて行けるなら、どんなにか幸せな事だろう。それをこんな小さな子に諭されるなんて、ほんと不思議。
「やっぱり不思議ちゃん?」
『すまんが何を言っておるか判らん』
「結局ユラちゃんは私に何か伝えたいのかな?」
『あなたの大切な人に伝えなさい』
「ノア君に?」
『お前の持つ魔石は人の魂を宿す、と』
魔石に人の魂?……何か怖いね。
「それはどう言う?」
『そのままの意味だ。そして、宿した魂は受肉を求めて器を呼ぶ』
やっぱり怖い!?
「ユラちゃん解ったよ、ノア君に伝えておくね?」
直接ノア君に言えば良いのにね?
『……また、ここに来なさい。私はルナちゃんが気に入った』
「でも、世界はラグナロクで崩壊するんでしょ?」
『ああ。それでもだ』
「うんにゃあ、また来れたら来るね、ユラちゃん?」
『うん、待っておるぞルナちゃん』
ユラちゃんと名乗る少女は、きらんっと再び笑うと、ユグドラシルの樹の中に消えた。
少女がユグドラシルに吸い込まれる瞬間、少女の身体が大きくなり、大人の女性になった様に見えた。
あれ? 私?
私はマンダリンに戻るとその話をノア君にしたが、ノア君もよく分からない風だった。
「……魔石? あっ!!」
そう言ってズボンのポケットに手を突っ込んでゴソゴソと探り始めた。そんなにゴソゴソするくらい何か入ってるのかな?
「あった……。コレのことなんで精霊が知ってるんだろ?」
「ユラちゃんはきっと何でも知ってるんだよ。きっとノア君の役に立つ事だと思うから、覚えておこうね?」
「そうだね?」
私はユラちゃんはユグドラシルの精霊ではなく、ユグドラシルそのものなのではないかと、確信に近い何かを持っていた。
だから彼女の言葉がすっと心に入ってくる。
今、きっと彼女は大変なんだろうに、私にこれを伝えたのには、きっと理由がある。
そう思った。
「さあ、お姉さん帰ろう!! 僕たちのラボへ!!」
「うん!!」
マンダリンへ乗り込もうとしたその時、ざっと暑い風が吹き抜けて、私たちを何処か遠くへと運んで行く様な気がした。
途端に私は怖くなった。
嫌な予感がする。ううん、嫌な予感しかしない。
私はともかく、眼の前に居るノア君だけは何としても生き残って欲しい。
そして今度は、風も無いのに木の葉がさざめく音がして、あの子がまたね、と言った気がした。
「うん、またね?ユラちゃん……」
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