第17話 お姉さんとギャラルホルン

「お姉さんを泣かせるヤツは僕が許さない!!」


「ノア君!?」


 魚型の飛空艇の口で咥え込まれたルナは、魚の口の中で風魔法でシュルシュルと包まれてノアの腕で……受け止められない!


─ドスン!


「いてて……」


「お姉さんごめんね、遅くなって!!」


「ノア君!!」


 ルナは下敷きになっていたノアを押し倒す様にしがみついた。ルナはそのまま抱きついてノアを離さない。


「お姉さん?」


「わあああああん、ノアくうううううん!!」


 ルナはボロボロと涙を流して大泣きする。ノアは少し狼狽えたが、優しくルナの背中に腕を回してポンポンとリズムを叩く。


 そしてお姉さんの肩越しに見えるモニターに、その泣かせた張本人を睨みつけた。


「お前がお姉さんを泣かせたのか!?」


「だったら何だ? 俺が嫁をどうしようと勝手だろ?」


「えっ!?」


「違うわ、ノア君!! サティアは私との婚姻で、お父さんの財産を奪おうとしているのよ!!」


「それは俺の親父おやじだ。俺はお前をちゃんと愛しているんだぜ? それに婚姻届ならここにある!!」


 サティアが紙切れをヒラヒラと揺らしてニヤニヤ嗤う。


「どう言うことっ!? 私サインなんてしてないけど!? それに何でそんなモノ持ち歩いているのよ!?」


「今さっき作ったからさ!」


「そんなものっ!!」


─ゴオオオオオオオッ!!


 魚から火球が発射され、婚姻届は消し炭になった。


「き……さまぁ……!!」


「お姉さんと結婚するのはこの僕だ!!」


「ガキが結婚とか、ませた事言いやがるぜっ!!」


─ギイイイィィン!!


 魔導強化装甲アーマーの魔導剣がノアの魚型飛空艇マンダリンを捕らえる。


「このっ……魔導剣が通らねぇ!? どうなってやがる!?」


「何が魔導剣だよ。あんたら地球人がアーティファクトを作ろうだなんて百万年早いんだよ!」


「ノアっ離れろ!!」


─キュドオオオオオン!!


 レナが言うが早いか、カリブディスの主砲が火を噴く。


「ノアああああああああ!?」


 天帝レナの声が空を掠める。


 そこに魚影はない。


「はっ!? ちょっと親父やり過ぎだ!!」


『サティアよ、その女はもう必要ないんだ』


「何だって!?」


『アレが完成したんだよ!』


「アレって……まじかっ!?」


 レナはゾクリと背中に悍ましい悪寒を感じて、そこから姿を消した。


─ヒュルン…


「ババアが消えやがった!?」


『そんな事は今はどうでも良い。サティアは戻って出来上がった『機兵』の試乗するんだ』


「わかったよ親父……今晩のオカズが消えちまったのは残念だが、違うオモチャが出来た」


 魔導強化装甲アーマーを着たサティアは周囲を見渡して、誰もいないことを確認すると、戦艦カリブディスへと帰艦した。


 そしてそこには中型調査船の残骸だけが残された。


✻     ✻     ✻


 天帝レナはこの世界の駿馬スレイプニルに跨って、ミッドガルドの廃墟に隠れていた。


─ブルル…


「どうやらノアも無事に逃げた様だな……ミッドガルドももう終わり……か」


 帝国ミッドガルドの街は半ばカリブディスの下敷きとなっており、見る影も無く廃墟と化している。

 当然人影もなく、他に生き物が居る様子もない。


─ゴスッ!


 カリブディスから何か木箱の様なモノが捨てられた。


 木箱は割れて中から中身が飛び出している。


 人の手が見えた。


「人!?」


 そう言えば先ほどルナの父親が亡くなったと聴いた。


 まさかと思いながら、飛び出した人影を確認すると、何やら立派な勲章が着いた服を着ている男性だ。


 胸部を刺されて死んでいるる様だが、しかし……。


「こんな異国の地では返るあの世も無かろうて……」


 レナは風魔法を駆使してその身柄をスレイプニルの後部に乗せた。


─ヒヒイイィィン!


 レナはスレイプニルの手綱を叩き出発を促す。

 ミッドガルドの街を蹴り、宙へと駆け昇る。


 目指すはアスガルドだ。

 

 レナはアスガルド皇国に着くと、スレイプニル後部の男性を神殿の神官へ預けた。


「この男を頼む」


「地球人……ですか?」


「我が全ての責任を負う。蘇生は出来なくともよい。」


「……畏まりました!」


 レナはひとつ頷いて、スレイプニルの手綱を引きアスガルド城のバルコニーへと向かった。


 バルコニーに着くとスレイプニルの背中から、ミッドガルドに巣食う鉄の怪物を見下ろした。


 戦艦カリブディスは不気味なほど静かに沈黙を保っている。


「この景色も見納めだな……」


 レナがそう呟いたが早いか。


「お母様!」


 アイザックがスレイプニルを見つけてバルコニーへ駆けつけた。


「アイザック!? よくぞ無事に逃げおおせた!!」


「はい、あの鉄の塊を見て逃げ出すのが精一杯でございました!」


「うむ、それで良いのだ。生命を粗末にするものではない。

 そして、ラグナロクが始まる。お前も覚悟せよ」


「はい、天帝様!」


「……ふっ。良い面構えになったな、アイザック」


「……僕は……まだまだでございます」


「当たり前だ! わははははは!!」


 二人は顔を合わせた後、ユグドラシルへ目を向ける。


「いよいよですね……」


「ああ……」


 天帝レナは腰に吊るしていたギャラルホルンを取り出して、ユグドラシル全域に聴こえる程に魔力を込めて吹いた。


 ギャラルホルンの音色はユグドラシルの歌であり、叫び声だ。


 この日、ユグドラシル全域に過去最も熱い風が吹き抜けた。

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