第15話 お姉さんの洞窟

─ピチョン……ピチョン……


 鍾乳洞のつらら石から石筍へと、水滴がしたたり落ちている。


 水滴の音が満遍なく鍾乳洞の空間に響き渡り、近くで湧き水が湛える音も聴こえてくる。


 そこはニザヴェリル丘陵の洞穴の奥。壁には壁一面を掘り下げた様に、女神様が壁から上半身を迫り出している。


 今にも動き出しそうな程に精巧である。


 その女神の眼差しを一手に受ける、小さなドワーフが横たわっている。


「お姉さん……」


 ノア=ドヴェルグ=ウトナだ。


 この洞窟は幼少の頃からのノアのお気に入りで、何かある度に此処へ訪れては女神を眺めていた。


 今思えば、ルナさんはこの女神にそっくりなのだ。研究所の近くの女神様はこの女神を模して作ったものだと気付いた。

 ノアが心奪われたのはそのせいかも知れないなどと思いを馳せるが、そのルナはもうここには居ない。


 そう、比べようにも居ないのだから比べようがないのだ。


 そう考えるとノアの心は一層胸が痛み、苦悶の表情を浮かべる。


 ノアが寝そべっているのは空洞の中央辺りにある台座で、台座の中央には石がはめ込んである。


 きっとこの女神を祀る祭壇なのだろう。しかし、今はノア以外、誰も足を踏み入れることはない。


 ちょうどノアの腰のあたりに石が当たって邪魔なのだが、何とかならないかと触っていると、石は簡単に取れた。


 流石に転げ落ちないようにと、石をポケットに仕舞って大の字になった。


 そのノアを覗き込むように女神の顔が目の前に迫っている。


 ふと、お姉さんのキスを思い出して、心の奥がキュンと締め付けられる。


「お姉さん……」


 自然とルナの事を呼んでしまうが、当然返答はない。


「ノア君」


「な〜に?」


「準備出来たよ〜?」


「そっか。すぐ行くよちゃん」


「は~い♪」


 僕は台座から降りて彼女の元へ歩いてゆく。一度振り返り、女神の顔を見た。


 見れば見るほどお姉さんに似ている。


 僕はルナちゃんに手を引かれて洞窟の外へ連れ出された。


「ルナちゃん、その発信機が動いた先へ行きたいんだ。連れて行ってくれる?」


「わかったよ、ノア君」


 メイド姿の彼女は僕の手を引いて、大きな魚の前に連れて行った。


「ノア君乗って!」


「うん。どう? 揺れなかった?」


「うん、問題なく乗れたよ?」


「そっか」


─ガチャッ…


 メイド服のルナちゃんが、大きな魚の形をした飛空艇のハッチをあけて僕の搭乗を促す。


 はぁ…。


 これがお姉さんだったらワクワクしかないのに。


 操縦席ブリッジに着くと僕は操縦席の隣の席に腰掛けた。もちろん操縦桿を握るのはルナちゃんだ。

 ルナちゃんは僕がお姉さんに似せて作ったオートマタだ。アンドロイドとは違う。どこが違うって、あんなオモチャみたいなロボットといっしょにして欲しくないよ?

 僕のルナちゃんは、お姉さんに寄せて作り上げた傑作なんだからねっ!?


 でもね……。


 お姉さんじゃないから『ルナちゃん』て呼ぶ事にした。結局、お姉さんの代わりなんていない事に気付いた僕は、お姉さんを待っている間に僕の出来る事を探したんだ。


 お姉さんが居なくて淋しくなったらこの洞窟に来るのだけれど、女神様は優しく微笑むだけで、彼女の居場所を教えてくれるわけじゃない。


 ルナちゃんと、僕の作った飛空艇『マンダリン』に乗って発信機を付けた調査船を探ることにした。何故なら、僕らの恋路の邪魔をした奴らが許せないからだ!  


 あいつらさえ居なければ今頃……。


 僕は心のモヤモヤを晴らす為、ルナちゃんへスピードを上げる様に指示を出した。


 ルナちゃんは僕の言う事を素直に聞いてくれる良い子だ。


 今も時速300キロ以上は出ているだろう。舵はルナちゃん任せなのでほぼオートと言える。


「ルナちゃん?」


「な~に、ノア君?」


「怖いから、少しスピード落とそうか?」


「は〜い♪」


 この明るくておっとりした性格も好きだけど、お姉さんとは違う。


 もう! お姉さんのバカ!!


 僕は心でお姉さんに文句を言いながら、ルナちゃんのおっぱいを触った。


「もうっ! ノア君!? 運転中はそう言う事をしないのっ!!」


「ごめん……」


 僕はすぐに手を放して、本物との違いにショックを受けた。


「ぐすん……」


「ノア君……も、もっと触っても良いよ?」


「ううん。そう言うんじゃないんだ、ごめんねルナちゃん……」


「ノア君……」


 オートマタは基本的に主人を傷付けない様にプログラムされている。反応はお姉さんに寄せてはいるが……虚しい。

 ルナちゃんには悪いけど、所詮お姉さんに似ているだけの紛い物でしかない。


 僕はいつの間にか、お姉が居ないと駄目な男になっていた。


 でも、お姉さんは戻って来ないかもしれない……。


 僕は……。


 僕はそんなのは嫌だ!


 僕が待っているだけの男だとはっ!


 思わないで欲しいなっ!?


 お姉さん!!


 僕は男だ!!


 君を迎えに行くから!!


 君が待ってれば良いよ!!


 今行くからっ!!


「お姉さん!!」

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