第14話 お姉さんと天帝レナ

 カリブディス艦長ジョン=テミストクレス=ジョーンズはナイフを引き抜いた。


─ドサリ…


「ジョン、きさま……」


「会長、あなたも焼きが回ったようですね。あとは私めが引き継ぎます。安らかにお眠りください」


「すまない……ル……ナ……」


「ふ、安心してください。あなたの娘さんは私の息子に嫁いでいただきます。あなたの全ては私の手中にあるのですよ。クックック……」


 ギルヴァの瞳から光が消える。そこに映るジョンは薄ら笑いを浮かべながらナイフの血を拭った。


「あなたがいけないのですよ? 突然侵略を中止しろだなんて言い出すから。こんな美味しい星を見逃すなんて勿体ないでしょう?

 どのみち遅かれ早かれ、あなたはこの星で死ぬ事になっていたのです。それが少し早まっただけの事。

 そう、些細な事ですよ。

 けれど悲観しなくても良いのです。あなたの事業は全て私が引き継ぎます。そしてあなたの全財産も。

 この計画が上手く行けば、地球も、この星も、私のものとなるでしょう。クックック……」


 ジョンはナイフを鞘に収めて懐にしまい、足で小突いてギルヴァの息の根が止まった事を確かめた。


 そしてジョンの顔から笑みが消え、デバイスを起動させた。


「アレの進行はどうなっているのです? ……遅いですね。 じきにユグドラシルは次の手を撃ってくる筈です。開発を急がせるのです!!」


 ジョンはデバイスを閉じて机に投げ捨てると、マントをギルヴァに被せて衛兵を呼んだ。


 慌ただしく衛兵が入って来て、マントから覗くギルヴァの顔を見て青褪める。


「お前達、何をやっている! ギルヴァ会長の娘、ルナが会長を刺して逃げたぞ! 今すぐ追え!」


「「「はっ!」」」


 衛兵が出て行くのを見届けると、ジョンは会長の椅子へどっかと座ってにんまりと口角を吊り上げた。



✻     ✻     ✻



 メギドの丘に集まったドラゴン、ヴァルキュリア、魔の四天王は待っていた。天帝レナがギャラルホルンの笛を鳴らす、その時を。


 天帝レナは帝都へ足を運んでいた。既に廃墟と化した帝国城の玉座に座り、この世界に思いを馳せていた。


─ふぅ…

 レナは目を瞑るとひとつため息をついた。


 文明、文化が進むと人はあそこまで落ちぶれるのか。このユグドラシルの文明はあれほどではないが、帝国が一強となってからは、確かに人族は傲慢になって来ていたのではないかと思える。


 また、種族間の紛争は絶えず、常にカーストを競り合い、互いの長所を認めず、譲らず、活かさず、蹴落とそうとする。

 未だに奴隷制度は根強く残り、人権すら認められない者も大勢いるのだ。


 しかし、今までいくら声を張り上げようと、同盟なぞ成される事はなかったのに、共通の敵を見つけると、かくも容易く成されたのだ。


 自分は非力だ。


 レナはそう自分を責めたが、それで良いのだと思った。


 今、ユグドラシルはひとつと成って、大きな花を咲かせようとしている。


 敵は排除しなければならない。それにはきっと多くの犠牲を伴うだろう。


 その多くの魂がユグドラシルの大地を肥やすならば、それはいずれユグドラシルに大輪の花を咲かせよう。


 そうなればユグドラシルは生気に満ちて、この世界に新たな生命をもたらしてくれる事だろう。


 そう考えて、天帝レナはギャラルホルンの笛に手をかけた。


 その時。


─カラン…

 石が転がる音。


「誰だ!?」


 玉座は見通しの良い青天井となっており、帝都が一望出来るほどに殺風景だ。誰かが隠れる場所など毛頭ない。


「天帝様、ルナでございます……」


「お主……ノアとニザヴェリルの地底国へ行ったのではなかったのか!?」


「左様にございます。しかし、使命を見つけまして、抜け出て参りました」


「今更我の命なぞとっても何の役にも立たぬぞ!?」


「そんな、滅相もない」


「ではいったい…?」


「天帝様、あなた様に私の生命を預けます。どうぞ人質として交渉にお使いしていただきたく、ここに参りました」


「愚かな……今更お主の生命を晒したとて、この争いを止める事は出来まい。遅過ぎたのだ。もう、誰にも止められぬよ……」


「天帝様、申し遅れてすみません。私はルナ=ルミナス=シノミヤ、アシッド財団会長ギルヴァ=ルミナス=シノミヤの娘にございます」


「アシッド財団……この戦争の火種となったあの調査船の……」


「はい、その証拠にその船を近くに着けております。確認してもらっても構いません」


 レナは玉座を立つと壁のあった所まで歩み出て城下を見下ろした。


 確かにあの船だ。


 レナはルナの顔を真っ直ぐに見つめた。


「お主、ノアはどうしたのじゃ? まさか……」


「生きております! 生きてどこかに居ることでしょう……」


「本当に抜け出てきたのか……馬鹿な娘だな」


「はい。私は愚かな人間です。自分の幸せに走ろうとしました。こんな……こんな多くの生命を亡くしたと言うのに……」


「なるほど、お主の覚悟は見届けた。今一度、あの忌々しい鉄の塊まで出向くとしようか」


「はい、お願いします……」


 ルナの目には力強い光と、この上ない悲しみを湛えた涙が浮かんでいた。


 天帝レナはルナの身体を抱き寄せて頭を一撫でし、遠く空の下に居るであろうアイザックの事を思った。


 本当に終わらせる事が出来るのならば、多くの生命を散らす必要はないのだ。


 そしてこの娘の覚悟は本物で、それを無碍むげにする事も出来ない。


 二人は瓦礫を踏みつけながら城下へと足を進めた。

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