第13話 お姉さんとアシッド財団

 街をゆうに飲み込むほどの四角い巨大なエイの形をした宇宙戦艦。


 その小窓から外の崩壊する帝都の様子を、物憂げに見つめる人影があった。


 ルナ=ルミナス=シノミヤ、アシッド財団会長ギルヴァ=ルミナス=シノミヤの一人娘だ。


 アシッド財団はもともと宇宙産業のパーツを手掛ける小さな町工場だった。しかしその技術で類稀なる才能を遺憾なく発揮して、会社をみるみる大きくしていった。

 

 ある時、宇宙資源調査団が持ち帰ったオーパーツの解析チームに入った事により、その頭角を現す。


 ついには宇宙産業開発の第一人者となり、業界のトップに躍り出た。


 近年では財閥を築くまでに及び、政界や各分野への影響も大きく、宇宙資源調査への投資へは莫大な費用を注ぎ込んでいる。


 そして、ついに新しい宇宙資源が見つかったとの朗報が入り、資源の導入を心待ちにしていたのだが、なかなか進展が無い事に痺れを切らしていた。


 アシッド財団は自ずから調査団艦隊を派遣して密輸を繰り返すようになった。仮にその星と事を交える様になったとしても、軍隊を動かして制圧するのみだと考えていた。


 しかし、ユグドラシルは想像以上の抵抗を見せて、生半可な戦力では落とせない事が判り、アシッド財団は主力艦隊を投じて来たのだ。


 そして今に至る。


「お父さん、もうこんな酷い事はヤメて!!」


「ルナ、お前は帰って来てからどうしたと言うんだ? ずっとロボット産業の発展を進めて来たのはお前じゃないか?

 それを今更辞めろだなんて、眼の前にお前の欲しがっていたお宝があるんだぞ!?」


「それは人の幸福を奪い、利権を無視して、略奪するものではないでしょう!? きっと天罰が下りますよっ!?」


「はん! 神が怖くて宇宙に出られるか!?」


「ここから先は神をも恐れぬ所業、いや、偉業だと言えよう!他の星の人権など些細な事だ。地球の法律には当てはまらないのだからな!?」


「お父さんはいつからそんな人になってしまったの!?」


「お前には母さんの事を話さずに来たからな。儂の気持ちなどは儂だけが知っておれば良いのだ…」


「私、知ってるよ? お母さん、宇宙人に殺されたんでしょ? それもとても残酷な死に方だったと聴いてる……。

 でも、それは別の星の事だし、ユグドラシルの皆には関係ないじゃない!?」


「ネルソンか……奴め、あれほどルナには言うなと口止めしておいたと言うに……」


「提督は悪くないよ! 私が脅して聞き出したんだから!」


「ほう、あのネルソンを脅せるとは、母親譲りと言うわけか。あれも気が強かったからな……ふっ」


「お母さんの事は残念だと思うけど、ユグドラシルの人は関係ないし、悪くない。どうしても資源が欲しいなら先ずお願いするべきよ!?」


「もう遅い。それにちょっとやそっと手に入れたくらいでは全然足りぬのだ!大量生産せねば、あの星は落とせん!!」


「お母さんにいったい何があったって言うの!?」


「そんなに聞きたいなら話してやろう」


「………………」


「お前の母さんも資源調査団の一員だったんだ。お前と同じ様に博士号を持っていて、新しい星の資源の調査に意欲的に出向いて行ってたんだ。

 そんなある日、いつもの様に星の探査に降り立ったのだが、宇宙人に捕まってしまったんだ。

 その後、通話による音声だけがこちらに通信されていたのだが…まるで家畜でも飼うかのように扱われて、最終的には家畜と同じ様に……」


「そんな……」


「儂は何としても助けに行きたかったが……あいつは来るなと言って聞かなかった。わしはそれでも行こうとしたが、踏み止まった……」


「それはどうして……?」


「お前が……ルナが居たからだ……」


「そ………そんな……」


「儂は奴らに復讐したいのだ。しかし今の地球の文化レベルでは勝ち目がないのが目に見えている」


「その為にユグドラシルが犠牲になる理由って何?」


「知らん! 儂は資源が何としても欲しいだけだ!」


「お父さんがしていることは、その宇宙人がお母さんにした様な蛮行と変わらないわ!! この星の資源を奪い、食い物にしているだけじゃない!!」


「うっ……何とでも言え。儂は奴らに復讐する為なら神をも背くつもりだ!」


「お父さんの言い分は分かった……。けど、私はお父さんの様にはなりたくない!!」


「もうお前も立派な大人だ。お前の人生を儂は邪魔立てはせんわ。好きになさい……」


「お父さんのバカっ!! 私はユグドラシルへ行く!! そして人質になる!!」


「馬鹿だなお前は……まあ、好きになさい。お前の人生がお前のモノである様に、儂の人生は誰のものでもない、儂のものだ!! 勝手にしろ!!」


「勝手にするわ!! さよなら!!」


「ああ……」


─ウィーン…タッタッタ……

 ルナは泣きながら部屋を出て行った。


「……さよなら、愛しい我が子よ……ゴフッ……」


 ギルヴァは口を手で覆ったが、隙間から赤黒い血が漏れ出ていた。手首を伝い、足元にぼたぼたと落ちて、毛深いカーペットを染め上げていく。


「すまないルナよ、儂には時間がないのだ、時間が……しかし……」


 戦艦カリュブディスの側面のハッチが開いて、一機の中型調査船が飛び立って行った。


「……儂一人の復讐に皆まで巻き込む事も無いのかも知れん。そこがお前の居場所だと言うのならば、そろそろ潮時かも知れんな……」


 ギルヴァはカリブディスの艦長を呼び出した。


「艦長、忙しいところ呼び出してすまない。折り行って話があるのだ……」


 ギルヴァは窓の外に目を遣りつつ、少しずつ言葉をこぼし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る