第10話 お姉さんとプロポーズ

 どうやら戦況は悪くはないらしい。


 しかし、地球人側に新たな動きが見え始めたのだとか。何でも、モンスターを大量狩猟しているらしく、魔石を取り出しては遺体を放置して行くと言う傍若無人振りだ。


 魔石かぁ……ヤバいな。


 地球人は魔力を持たない為に、アーティファクトが使えないのだが、魔石があれば別だ。魔石に蓄えられた魔力を還元できて、アーティファクト等を扱えるようになる。


 なんなら魔法陣が理解出来るなら、魔法だって使えるわけだ。つまり非常に危険な展開だと言える。


 そんなわけで、僕はお姉さんとドローンと呼ばれる地球人の機械を模したアーティファクトを飛ばしていた。


 ニザヴェリルの大丘陵は地底の街の表層を覆う大地だ。そこには無数の煙突や廃吸気口が突き出している。


 僕たちは大小様々なドローンを一斉に飛ばして、試験飛行させている。


 それぞれのドローンはプログラムに従って隊列を組んだり、無造作に動いたりと様々な動きを試みた。


 また、ドローンを合体させる事で、様々な形態へ変化させ、あらゆる用途への可能性を模索した。


「お姉さん、ほら見て?」


「どれどれノア君、あれは何だい?」


「ん? わかんない?」


「んにゃ? 全然分かんないよ?」


「お姉さん」


「ほぇ?」


「ほら、あそこが頭ってのはわかるよね? つまりあれが目で、その下が鼻で、口でしょ……それから……」


「あっ!? ノア君のスケベっ!!」


「違うよ! お姉さんがえっちな身体してるからだよ!」


「何それ、セクハラだよ〜!?」


「ほぇ? セクハラって何?」


「んにゃ? ん〜、にゃんでもない!」


「よし、僕はお姉さんみたいなオートマタを作るよ!」


「え!? ダメだよ絶対!!」


「え、ダメかな?」


「やめてっ、恥ずかしいからっ!!」


「そんな〜!? それじゃあ、こんなのはどうかな?」


「んにゃ?」


「今日の為の特別プログラムを用意したんだよ!」


「特別プログラム?」


「ふふふ…」


「何だか不敵な笑みね!?」


 ドローンは見る見る編隊を変えて組み上がってゆく。


「ちょっ! ノア君!?」


 ドローンは文字を表している。


─お姉さんが好き


 お姉さんが耳まで真っ赤にして、口をパクパクさせる。


「の、ののの、ノア君! こう言うのは好きな女の子に見せるもんだよ!?」


 僕は少し声のトーンを落として言う。


「好き」


「ふぇ?」


「僕はお姉さんが好きだ」


「………………。」


「僕のお嫁さんになってくれませんか?」


 僕はそう言って真っ直ぐにお姉さんを見た。


「………本気、なのね?」


「うん」


 お姉さんもう赤くなる所が無いくらいに真っ赤だけど、僕みたいなガキンチョじゃ……やっぱりダメだろうか。


「ちょっと……」


 ……お姉さんの声を聴くのが怖い。とても……。


「ちょっと考えさせてくれるかな?」


「うん?」


「私、本気で考えるけど、良いんだね?」


 僕は自分の顔に花がパァッと咲いていくのを感じた。


「私みたいな地球人なんかで、本当に良いんだね?」


「僕、お姉さんじゃなきゃ嫌だよ!」


「ノア君……。わかった、必ず返事するから待っててね?」


「うん。僕はお姉さんが大好きだ。ずっと待ってる!」


「あっ! もう〜っ! そんな恥ずかしい事を言わないっ!!」


「だって、僕は……本当に」


─ぎゅっ……


 あぁ、温かくて柔らかい。僕、本当に好きなんだよ? お姉さん。僕はずっとこの温もりに包まれていたいんだ。ずっと……。


「うん、わかってるよノア君。…ううん。わかってたよ。君の気持ち」


 僕を抱く腕の力が強くなる。


「お姉さん……」


 僕はお姉さんの腕をぎゅっと掴んだ。


「私もノア君が好き」


「じゃあ……」


「でもね? 今の気持ちじゃ、真っ直ぐに君の気持ちに向き合う事が出来ないんだよ。わかって欲しいな」


「そっか……。ねえ、お姉さん?」


「んにゃ? あ……」


─ちゅ…


 僕はお姉さんのほっぺたにキスをした。


 これは今の僕の精一杯だ。これ以上は背伸び出来ない。


「もうっ! おマセさんなんだからっ! この〜っ♪」


「だから〜! 僕は子供じゃないからね〜っ!?」


─ちゅっ!


「わかってるよ♪ これは仕返しだにゃ♡」


「もうっ! お姉さんはズルい! こんなに好きにさせておいて待たせるなんてっ!!」


「あははははははは……」


 お姉さんは明るく笑うけど、目はそんなにも笑ってはいなかった……。


 僕は一抹の不安を心に感じながらも、きっと良い返事をくれるんじゃないかって……。


 期待してたんだ!


 なのに、


 翌日。


 お姉さんは居なくなった。


 工房に置き手紙があったが、僕はそれを読まずに工房中、街中を探し回った。


 トイレ、居ない。


 お風呂、居ない。


 キッチン、居ない。


 リビング、居ない。


 工房、居ない。


 バルコニー、居ない。


 お庭、居ない。


 行きつけのお店、居ない。


 いつものカフェ、居ない。


 お気に入りの洋服店、居ない。


 もしかして王城?居ない。


 ニザヴェリルには何処にも居なかった!


 僕は工房へ戻って途方にくれた。


 ふと、ゴミ箱が目に入った。


 ……まさかね?


 僕は最後の願いを込めて、ゴミ箱のフタを開けた。


「ノア君!? 私、さすがにそんなところには居ないからっ!!」


 ……なんて声は、無かった。


「う……」


 僕は胸を大きな大砲で撃ち抜かれて、巨大な風穴が空いた。


 その風穴をびゅうびゅうと冷たい風が吹き抜ける。


 僕はその風穴を塞ぐ様に、お姉さんの着ていたガウンを羽織った。


 胸の奥からお姉さんを想う気持ちが涙袋を突き上げて、


「うわああああああああ!!」


 僕は泣いた。

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