第105話 どれほど嬉しかったことか


それでも『もしかしたら豪商の嫡男に見初められて、その男と結ばれれば』などとありえないタラレバを妄想する事を辞められなかった


 それはご主人様の奴隷になっても変わらなかった。『もしかしたらご主人様は貴族の、それも公爵家の嫡男なのだから『奴隷と言えどもこの家に相応しい存在であれ』などという理由から奴隷にも知識と教養を教えてくれるのかもという淡い期待を捨てる事ができなかった。


 でも結局はそういう未来は訪れないという事は理解していた。


 奴隷に『知識と教養』をそもそも教える意味はなく、それであればちゃんとしたメイドを雇えば良いのだ。


 知識と教養は時に金よりも価値があると言われている事は私でも知っているし、だからこそ私はずっと憧れているのである。


 それに、それらが『奪い取る事の出来ない武器』にもなる為、奴隷こそ馬鹿であれと思っている者も少なくない。


 知識が無い者ほど騙しやすく扱いやすいというのもあるだろう。


 であればこそ、少数であればまだしもこれだけ大人数の奴隷を集めているという事は少なくとも知識や教養といった者を与えてくれる事はまずないだろう。


 そう思っていたのだが、ご主人様は私たちに知識と教養を教えてくると言ってくれるではないか。


 その言葉を聞いた時にどれほど嬉しかったことか。


 それが例え嘘であっても、そう言ってくれるだけで私は実際に救われたし、心が軽くなったし、実際にご主人様は私たちに知識と教養を与えてくれた。


 私たちに対して甘い言葉をかけてくれる人は今までかなりの数の人たちが居たのだけれど、その言葉が本当だった人はご主人様が初めてであった。


 その瞬間私はご主人様の為にこの世に生まれて来たのだと思えてしまうのは仕方のない事であろう。


 だからこそ私はご主人様の役に立ちたいと思うし、そう思うのは私だけではなく他のみんなもそう思っているからこそ死の森の開拓に行きたいと思うものが多いのだろう。


 死の森は、今まで開拓しようとした人たちが死んでいったという由来その名前が付いたというのは村で暮らしていた時ですらその噂が流れてくる程には有名であり、当然それだけ危険でもあるという事は理解できるのだが、それでもご主人様の為になりたいという感情の方が圧倒的に上回っていた。


 くじの結果、私は最初の死の森開拓メンバーに選ばれた時は涙が出てくる程に嬉しかったし、感情が爆発して子供のように飛び跳ねてしまう程であった。


そして、現在では死の森の村では魔獣と村人が共存しており、それがご主人様の功績であると気付き更に忠誠心が高まるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。

 

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