第24話

「ねえねえ、神園さん。あれから〝じゃない方の白石くん〟とイイ感じ?」


「別に、なにもないかな。少し用事があって一緒にランチしただけなの。あと、人に変なあだ名をつけるのは良くないと思う。すぐに訂正するべきよ」


「……あっそ。神園さんと陰キャくんがお似合いに見えたから、ちょっと聞いただけじゃん。本気にしないでよ。なんかごめんね? じゃあウチら食堂いくから」


 明日から始まるゴールデンウィークが待ち遠しいようで、昼休みを迎えた『A組の教室内』はいつもより華やいだ雰囲気にあふれている。

 そんな中で私、神園美月が一人で自席に座っていると、あまり親交がないクラスメイトの女子グループに声をかけられた。


 話題は、兎和くんとの屋上ランチについて。

 まさかこの私が、現実で『だが断る』を決められる日が来るなんて思いもしなかったわ。今度お返しをしないと……きっと彼は今ごろ、D組あたりでお母様手作りのお弁当を広げているのでしょうね。


 ともあれ何日も前の出来事をもとにしたウワサなのに、現在も鮮度が落ちる様子はみられない。むしろ最近は尾ひれどころか胸びれまでついて、私たちが恋仲なんていう疑惑にまで発展している。


 友人に尋ねられた時、思わず呆れてしまったわ。

 そもそも物笑いの種にされるようなエピソードでもないと思うのだけれど、大半の栄成生徒にとっては興味をそそるゴシップみたい。


 しかもなにが面倒って、こちらが一人のときに限ってちょっかいをかけてくる。さっきの女子たちがいい例だ。


 おおかた『お付き合いしている』といった言質が欲しかったのでしょうね。それに近い反応でも引き出せれば、既成事実としてさらにウワサを拡散させる……あの手のタイプは友好的に振る舞っておいて、心の中では悪巧みしているものだ。もしくは単なるイジワルか。


 からまれる原因は明白――私の優れすぎている容姿が気に入らないのだ。

 幼い頃からうんざりするほど褒められ続けてきたので、自身の美貌については今さら謙遜するつもりもない。むしろ有効に働くのなら躊躇なく活用しているし、処世術の一環として日々磨きをかけている。


 けれども不都合なことに、女子社会は横並びが原則。歩くときも、精神的にも。なので、ずば抜けて異性受けの良い私は嫉妬の対象になりやすい。


 もちろん全員が敵視してくるわけではない。仲のいい同性の友人だってたくさんいる。しかし事実として、昔から何もしていないのに『神園美月が嫌い』という女子が一定数出現する。

 よく好かれ、よく嫌われる。わりと両極端なパーソナリティなのかもしれない。


 こちらも慣れたもので、面と向かって言葉を交わすぶんには問題ない。先ほどみたいに毅然と対応すれば大抵そそくさと去っていく。

 とはいえ、風評は別。実態がないぶん対処も難しい。長年被害に苦しんできた身としては、安全圏から他人を叩くなんて許せない。


 私もウワサを払拭しようとキッパリ否定してはいるものの、一向に成果はなく……それにしても、どうして兎和くんと親しくするだけでこんな騒ぎになるのかな。


 お弁当を取りだし、食べ進めながら思考を深める。

 実をいうと、私は団体行動が苦手だ。周りに気を使いすぎて疲れてしまう。だからこうして、たまに一人の時間を作るようにしている。


 並行して今日は、兎和くんのマネジメント方針について検討する予定だった。タブレット端末にそれ用のアプリもダウンロードしてある。

 なんか最近、寝ても覚めても彼のことばっかりね。


 身長167センチの私より、すこし背の高い男の子。顔立ちは平凡でも整っていないわけじゃない。おとなしい性格かと思えば突拍子もない言動をする。青春に謎のあこがれを抱き、夜なのにバドミントンをやりたがる困った人。


 自信なさげに笑う少年の姿に、私は未来のJリーガーとしての可能性を見た。

 些細なきっかけから子供だましの欺瞞を暴き、静かなあの夜に本当の能力を知り、確信は深まった――兎和くんはJリーガーになるべくデザインされて育った人間である、と。


 サッカー界には、高校生ながらプロでも通用するレベルの選手が彗星のごとく現れる。

 私の見立てでは、兎和くんもその領域へ到達できるだけのポテンシャルを秘めているように思う。

 トラウマの深刻さも理解しているが、それさえ克服できれば未来は明るい。少なくとも、栄成サッカー部のエースとして大舞台で活躍できるはず。


 本気でサッカーに向き合っていた兄を持ち、私自身もサッカー好きで週に二試合以上を動画などで観戦している。メインはプレミアリーグ(イングランド)。時間のゆるす限り、欧州の最先端理論が記された書籍にだって目を通している。

 重度のサッカーフリークたる自負が、自分の直感に従いなさい、と訴えてくるのだ。


 だからこそ、兎和くんが『じゃない方』と蔑まされている件についてすごく不満なのよね。

 比較対象である白石鷹昌くんの方は、強豪サッカー部の期待の新人として評判だ。クラスの友人から聞いた話では、女子生徒からもっとも人気を集める同級生男子なのだとか。

 

 サッカーが上手く、明るく社交的で、リーダーシップに優れる。

 どうせ付き合うなら人気がある方の白石くんにしなよ、お似合いだよ、なんて言葉も聞かされた。


 ハッキリ言って、あまり興味を持てない。

 プレーヤーとしての白石鷹昌くんは、繊細なボールタッチとテクニックを併せ持つ『10番』タイプ。一見すると花があるように思えるが、今のところはクラシックなトップ下という評価に落ち着く。

 正直、インテンシティの高い現代サッカーではどこまで通用するか未知数。フィジカル測定の結果にしても、私の食指にふれるレベルではなかった。


 恋愛面においては完全に興味ゼロ。もっともこちらにその気が一切ないので、誰が相手でも答え変わらないのだけれどね。

 というか、私はよく学内の目立つ男子と勝手にカップリングされそうになる。ときには相手が真に受けてしまったりするので、本当に迷惑している。


 それ以前の話として、みんな『スクールカースト』なんてくだらない概念を気にしすぎよ。

 でもきっと、兎和くんの本当の力を知ったら、ひとり残らず手のひらを返すに違いないわ。栄成高校のスタープレーヤーとして脚光を浴び、二人の白石くんの立場が逆転するかも……ううん、それはイヤ。


 兎和くんを見つけたのは、この私よ。

 幼い頃のバースデープレゼントにもらった、お気に入りの宝石を思いだす。とても綺麗で、誰にも触れさせなかった――どうか今しばらくは、誰も彼に気づきませんように。


 いずれにせよ……サッカー選手の『リアル育成マネジメント』なんていう興味深い試みを他人に譲るつもりはさらさらない。

 これは一種の独占欲かしら、と少し可笑しくなってくる。

 ちょうどお弁当を食べ終えたので、私は歯をブラッシングするため席を立つ。


 各階備え付けのレストルームで歯みがきをしていると、スマホにメッセージが届く。差出人は、さっきまで私の思考を独占していた渦中の兎和くん。

 画面をタップして用件を確認する。


『僕の歌を聞いてくれ!』


 困ったわ……また変なことを思いついたのね。

 何がどうしてこうなったのか、今日の夜にでも確認しないと。もう少しサッカーに集中してくれると、私も嬉しいのだけれど。




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