第11話

 放課後、僕は吉祥寺の駅前に立っていた……誠に無念ながら、たった一人で。

 本日は部活完全オフということで、可能なら友達と遊びに来るつもりでいた。けれど、慎には部活の休みがあわず断られた。

 だったら同じサッカー部の友達を誘うかと、玲音にアプリでメッセージを送った。そうしたら『今日は彼女とデートだからムリ』と秒で返信がきた。


 玲音のやつ、中学時代から恋人がいるらしい……羨ましくて、午後の授業中ずっと体の震えが止まらなかった。スマホの画面を叩き割る寸前だった。


 そんなわけで、恋人はおろか他に遊べそうな友達もいなかった僕は、泣く泣くソロ行動することにしたのである。たとえ孤独感に苛まれようとも、貴重な部活の休みをどうしても無駄にしたくなかったのだ。


 プレイスポットとして吉祥寺を選んだ理由は、単純に距離が近く、何度も訪れた経験があってよく知っているから。ちなみに、チャリで来た。駅のそばにある駐輪場を利用している。


 さて、時間も限られているのでさっそく行動を開始しよう。

 特にあてはないが、駅周辺をぶらつく予定だ。興味をひかれた店をのぞいたりして、どうにか充実した時間を過ごすつもりである。


 リュックを背負い直し、手始めに駅前のロータリーと接するアーケード街へ歩を進める。平日にもかかわらず、たくさんの買い物客で賑わっていた。僕のような制服を着た若者の姿も散見される。


「……あれは、ゲーセンか」


 散策を開始してすぐ、ガラス張りのエントランス越しに並ぶクレーンゲームに目を引かれた。

 そういえばこの前、慎が『同じ部活のメンバーとゲーセンで遊んだ』とか言っていたな……よし、入ってみよう。

 遊園地のゲームコーナーなんかには行ったことあるけれど、純粋なゲームセンターは初体験。ちょっとワクワクしてきたぜ。


 自動ドアをくぐり入店、そして即回れ右。うるさいし、鼻につく独特の匂いが僕にはあわなかった。長居したら気分が悪くなりそうだ。

 まいったな、他に面白そうな場所はあるだろうか……僕は改めてアーケード街をぶらつく。


「お、アイスか」


 ふと制服カップルの行く先が気になって目で追う。手を繋いだまま、ポップなファサード看板が特徴的な飲食店へ吸いこまれていく。

 ジェラート専門店らしい。自動ドアの前に置かれたスタンドボードでは、おすすめフレーバーが紹介されていた。


 いいね、店員さんイチオシの濃厚カシスがとても美味しそうだ。せっかくの機会だからトライしてみよう。

 味に期待しつつ入店……しかし、またしても即座にUターン。

 店内はカップルだらけで、僕が入店した途端一斉に視線が向けられたのだ。恐ろしくて、とても耐えられなかった……。


『男子がぼっちでアイス? 友達もいないの? ぷーくすくす』


 そんな幻聴が聞こえた気がして、心臓が嫌な音を立てた。

 世間はお一人様に厳しすぎる……というか、うっかりしていたけれど僕は甘いものが得意ではなかった。


 スポーツフード関連の資格を複数所持する母の手により、幼少期から栄養管理を受けてきた。その影響なのか、糖質の高い食品などを摂取すると体が拒否反応を示すのだ。最近では妹に『健康食オタク』と勘違いされているほどである。


 根本的な部分からして青春に不向きとか、己の生粋の陰キャ体質が憎らしい。

 半泣きになりながら、僕は再びアーケード街をさまよう。するといくらもしない内に、今度はすれ違った男子高校生に目が留まる。右手にファッションブランドのロゴが印刷された紙袋をぶらさげていた。


 買い物か。いいね、それもまた青春……だがしかし、今は手負いの状態。普段は立ち寄らないようなおしゃれショップへ突入して浮きまくり、店員さんや客に嘲笑されようものならショック死は免れない。

 なので、今回は少しハードルを下げてスポーツショップへ向かうとしよう。何事もリスク管理が重要だ。


 妥協したわけじゃない。現在のコンディションに応じた柔軟な判断である。

 自身の決断に満足して、僕はさっそうと歩く。都合よく、近くにあったデパートの五階に馴染みのスポーツショップが出店していた。


 目的のフロアに到着したら、壁一面に陳列されるサッカースパイクの群れの前に立つ。

 大きく鼻から息をすい込めば、新品のシューズの匂いがひび割れた心を優しく包んでくれた。とても落ちつく場所だ。


「おお、このカラーかっこいいな」


 僕が愛用するスパイクと同メーカーの最新モデルを手に取り、様々な角度から眺めて充足感を覚える。

 そこで、重大な事実に気がつく……これ、普段と変わりなくね?

 ひとりで訪れるスポーツ用品店に青春が転がっているはずもないどころか、日常からも大きく外れていない。


 訂正しよう。妥協したがゆえの無惨な末路である。なんか虚しくなってきた……もう家に帰ろうかな。


 意気消沈した僕は、スパイクを棚に戻して立ち去ろうとする。が、すぐに立ち止まった。

 視界に、見知った人物が映り込んできたせいだ――その人物とは、栄成高校の同級生であり、入学そうそうアイドル的人気を獲得した『神園美月(かみぞの・みつき)』だった。

 相変わらずの美少女っぷりは、まさに非の打ち所がないといった感じ。


 対して純度高めのモブである僕は、流れるように近くにあった棚の影へ身を潜める。

 神園美月とは、部活のフィジカル測定でちょっと話したっきり縁がない……挨拶をするか否か、距離感が微妙すぎて判断に困る。むしろこちらを認識しているかも怪しいので無視が正解か。


 なにより、彼女は一人じゃなかった。傍らには、栄成サッカー部の指導員である『永瀬コーチ』の姿があった。ここ最近、部活中になぜか観察するような視線を向けてくる不審者なので見間違えようもない。


 制服に身を包んだ超絶美少女と、ジャケットコーデの私服を着こなすイケてる青年のペア。

 商品を物色しつつ親しげに会話する様子から、ただならぬ繋がりを感じとる……もしかすると僕は今、けっこうスキャンダラスな場面を目撃しているのでは?


 二人は恋人関係にあるのではなかろうか。永瀬コーチは栄成サッカー部の指導陣の中で一番若く、大人の魅力プンプンのイケメンなので釣り合いも悪くない。

 そう思うと直視するのも憚られ、そっと二人に背を向ける。この場面をSNSにでも投稿したら、どれほどの数の栄成生徒が悔し涙を流すのだろう。

 まあ、やらないけど。そもそもフォロワーほぼゼロだから拡散力に難ありだし。


「こんにちは、白石くん」


「ひょえっ!?」


 背後から急に声をかけられ、僕の口から変な声が飛びだす。

 反射的に振り返ると、すぐそばに神園美月が立っていた。スクールバッグを肩にかけ、どこかキョトンとした表情を浮かべているように見える。


「もしかして、驚かせちゃった?」


 彼女の小首をかしげる仕草にあわせ、手入れの行き届いた長い黒髪がサラリと流れる。

 その青い瞳には、びっくりして滑稽なリアクションをとる僕がどのように映ったのだろう。 


「お、白石兎和。奇遇だな。スパイクでも見にきたのか?」


 さらに何もやましいことはないと言わんばかりに、永瀬コーチまでもがこちらへやって来る。

 えっと、その……予想外の展開に困惑して僕は口ごもる。

 代わりに、神園美月が先を制するように口を開いた。


「白石くん。誤解のないように説明しておくけれど、永瀬コーチは親戚なの。絶対に私の『彼氏』だなんて噂を流さないようにね」


「そうそう。美月はいつも家の車で通学してるんだけど、ちょっとトラブルがあって俺が変わりに駆り出されたってわけ。あんまり言いふらすなよ。隠しているわけじゃないが、コネだなんだと騒がれるのも面倒だからな」


 まあ実際その通りなんだけどさ、と永瀬コーチは笑う。

 そういえば……神園美月のお祖父さまは、我らが栄成サッカー部のメインスポンサーだったはず。そしてその親族の者がコーチ職に就いているとなれば、確かに縁故採用を疑われてもおかしくはない。

 

 とはいえ、殊更に問題視するような話でもない。

 部のトップを務める『豊原監督』からして、神園美月さんのお祖父さまの人脈をたどって招聘されたと聞く。仕掛け人は、サッカー大好きを公言する栄成高校の理事長だそうだ。


 それに永瀬コーチは指導力を高く評価されているので、極めて効果的な人材配置といえる。

 しかし、むやみに騒ぎ立てる輩というのはどこにでも存在する。厄介事を避ける意味でも秘匿するのは妥当な判断だろう。


「そうだ兎和、このあと時間ある?」


「え……? あ、はい」


「オーケー。ちょっと話があるから、その辺の喫茶店にでも入ろう」 


 名前を呼ばれてちょっとキョドる。けれど、フィジカル測定の際に『同苗がいてややこしい』という理由から改められたのを思いだした。

 しかも『兎和』呼びの方に気を取られ、ついうっかりお誘いに応じてしまった……話があるって、僕なんかを捕まえてどうしたいのだろう。不安からずしんと気が重くなる。


「じゃあ買い物すましてくるから、ちょっとここで待っててくれ」


 言って、永瀬コーチはレジへ向かう。

 トートバッグの他にも、レフェリー関連の品を抱えていた。そういえば、栄成サッカー部のコーチ陣は四級以上の審判員資格の取得を義務付けられていたっけ。

 それはさておき、困ったことになったぞ。 


「白石くんは何か買うの?」


「あ、僕はちょっと見に来ただけで……」


「そう」


 背筋をすっと伸ばし、凛と佇む神園美月。

 どうしよう、ぜんぜん会話が続かない……しかもこれ、彼女も同行する流れじゃない?

 聞けばすむ話だけど、『キミも一緒にくるのか』なんて問いただしたらきっと変に思われてしまう。

 僕はわりと言葉の選択がへたなので、ヘマをして学校一の美少女に嫌われようものならスクールライフそのものに支障がでかねない。


 明日登校して、『神園美月を不快にさせた男』なんて噂が広まっていたら地獄だ……いや、落ち着け。まだ怒らせてはいないはず。

 この場合、なんと尋ねれば誤解なく伝わるかを考えろ。まずは彼女が同行する理由を予想して、いったん会話をシミュレートしてから……。


「待たせたな。場所はあそこの喫茶店でいいか……何をウンウン唸ってんだ? 行くぞ、兎和」


「……あ、はい」


 スタスタ先をいく永瀬コーチ、その横を歩く神園美月。

 そんな二人の背を視界に収めながら、とぼとぼついていく僕。

 個人的にはお馴染みの展開である。こんな時、いつだって思考は空回りする。それで結局、唯唯諾諾と従ってしまうのだ。

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