第8話 後悔と分岐点





 持留の誕生日は、カレンダーに加えずとも常に俺の頭にあった。

 誕生日プレゼントを渡してやりたかった。それに伴って、奴にプレゼントを送る理屈をつける。

 こないだのお詫びだとか、嫌がらせの一環だとか。

 つじつまを合わせるように、こじつけをいくつも考えるうち、本心が浮かびあがってくる。

 俺にとって特別な人だから。

 これまでの持留への仕打ちを考えると、風邪でも引きそうなほどに温度差が激しい本音だ。しかし、大真面目である。馬鹿にしてもらって構わない。3Kは反故にしよう。

 彼へのプレゼントに、ジッポライターを選んだ。これ以外、持留が好感を示したものを知らない。

 ジッポライターと俺がいつも吸っている煙草を、ラッピング専門店にて詰めてもらった。

 真白の箱に赤いリボン。手のひらにちょこんと乗せると、なんだか結婚指輪でも入っていそうな風合いだった。

 誕生日を迎えるまで、クローゼットの奥に隠すことにした。

 そのため、持留が家に来る時は緊張した。こいつは不必要に家財に触りはしないから、バレようがないのだけど。早く渡して反応を見たい、という気持ちになってしまい、ソワソワした。

 帰りがけ、靴を履く持留を引き止めた。少し早いけれど、もう渡してしまおうかと迷ったのだ。誕生日当日は、持留にバイトが入っていて会えないと分かっていたから。

「持留、ちょっと」

 ドアノブにかけた手を止めて、彼がこちらを振り向く。出会った頃よりも、頬の線がシャープになって、男らしくなった気がする。

 僅かな時間悩んで、やっぱり誕生日が過ぎてから、プレゼントすることにした。渡すのが煙草なのだから、二十歳になっていなければ意味がないと思い至った。

「お前、唇。保湿しろよ」

 誤魔化すために、難癖つけることにした。

 彼はぱっと口に手を添えて、困った顔をする。

「もう春だからいいかなって、リップ家に置いてきちゃいました」

「待っとけ」

 洗面所から俺が使っているリップクリームを取ってきて、持留に塗ってやった。顎を掴んで顔を固定する。キスする時みたいに、目を瞑っていた。

 塗り終えて顎から手を離すと、艶をもった上唇と下唇を合わせて、馴染ませる。

「よし、これでいい。……こんな痛そうな唇だと勿体ないだろ。せっかく」

 せっかく、なんだ。

 せっかく、こんなに可愛いのに、と言いたかった。

 しかし、口にしたのは

「せっかく、俺とキスできるのに」

 だった。

 持留は、石田さんらしいと言って笑った。



 

 たられば言うなら、俺はこの時にプレゼントを渡しておくべきだった。可愛いと言うべきだった。

 でもさ、この後もう会えなくなるなんて、誰が思うか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る