第16話 堕神様と冒険中
渡航の女神。
堕ちた神。
アイルハット。
人間でいうと十六才くらいに見える少女。
薄くて広い唇と、くりくりとしたどんぐりのようなまん丸お目々が可愛らしい。
元々着てた純白のローブの上から、一応まだ持っておいた俺のスーツのジャケットを羽織ってる。
ブカブカ。
頭から生えてた角は神的ななにかで隠してる。
よって頭を見てもさらさらの綺麗な金髪ボブが目に入るのみだ。
そんなアイルハットとミキオに対して言う。
「もう、金ない」
木こりのフランクからもらった路銀。
それがとうとう尽きようとしていた。
「ないってどれくらいだ? 切り詰めてやっていけないのか?」
「今、ここの宿代を払った分ですっからかんだ」
「はぁ!? じゃあ今夜の飯は!? 明日からどうすんだよ!?」
成人したとはいえまだまだ育ち盛りのミキオが猛抗議する。
「すまん。ほら、俺公務員じゃん? あんまり金の心配する必要もなかったっていうか?」
むしろギャンブルや酒に金を使わなかったことを褒めてほしいくらいだ。
「あ~、ったく……明日からこの街で仕事しなくちゃいけないのかよ……」
「ふ~ん、じゃあドカンと稼げば?」
アイルハットがあっけらかんと抜かす。
「ドカンと?」
「うん、冒険者して魔物退治!」
「冒険者、か……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
来たぜ、ザ・冒険者ギルド。
よくよく考えてみればここにもいつあの『堕神狩りファーマーズ』が追ってくるかもわからない。
なるべくサッと稼いでサッと街を発ちたいところだ。
ギィ……。
軋む扉を開ける。
なんというか西部劇の酒場のような雰囲気。
「おいおい、ここは見かけねぇ顔がガキ連れてノコノコ来るようなとこじゃ……」
バシバシバシッ!
制圧!
俺とおやっさんで絡んできたチンピラ男を一瞬で制圧する。
悪いな、くだらないやり取りに付き合ってる暇はないんだ。
その後、冒険者登録とやらを済ませた俺たちはアイルハットの神的パワーで受付嬢を惑わせて(怖っ!)初心者なのに報酬のいい高難易度かつ近場の
◇◆◇◆◇◆◇◆
火竜。
街の近くの火口に棲む守り神レッドドラゴンの様子がおかしいので、その調査をして欲しいというもの。
穏やかで知性的な竜らしいのだが、最近は訪れた人を襲うようになったらしい。
そこでドラゴントラブルの専門家とうそぶいて
「ほんとに大丈夫なんだろうな、アイル?」
「ああ、ドラゴンなんぞ我ら神の
「う~ん、楽観的すぎるのも気になるが……これも金のためだ。頼むぞ、アイル」
「はは、大船に乗ったつもりで安心するがいい」
ザ・火口。
「ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 誰だよ、大船に乗ったつもりでいろって言ったのは!」
「私は言ってないぞ!」
「神が嘘つくな、バーカ!」
「私はもう神じゃないもん! 堕天したんだもーん!」
「言い訳になるか! この役立たず! すっとこどっこい!」
「二人とも口喧嘩はやめて真面目に走れ! でないと……」
ゴォォォォォォォ!
レッドドラゴンの吐いたブレスが、逃げる俺たちの影をかすめる。
「ふぉぉぉぉぉ、危ねぇ! 危機一髪!」
岩の陰に飛び込んで炎の息をかわす俺たち。
「このまま逃げ続けるのムリだろ、どうすんだよ!」
「あの竜、完全に正気を失ってる。きっとなにか相当な問題を抱えてるはず」
「あ? 竜が抱える問題と言えば、大体……」
『逆鱗』
俺とミキオの声がハモる。
「逆鱗? なに、それ?」
「神様なのにそんなことも知らねぇのかよ。日本じゃ常識だぜ?」
あれ?
もしかしてミキオ、日本の記憶戻ってきてる?
まぁ、いい。
そんなことより今は目の前のレッドドラゴンだ。
「逆鱗は竜のアゴの下だ。そこになにかトラブルが発生してる可能性がある。問題は、どうやってそこまであのブレスをかいくぐるかだが……」
「それなら私が送ってあげられる」
「送って?」
「私は渡航の女神。目的地がはっきりしてるのであれば、神の加護を与えられる」
「つっても堕天してんだろ? 大丈夫かよ?」
「うっ……大丈夫……たぶん」
「たぶんかよっ! でも他に方法もねぇ。行くか、タマ」
「えぇ、おやっさん」
ありゃ、間違えておやっさんって呼んじゃったよ。
まぁ、いいか。
どうせ死んだらこれで終わりだ。
「よっしゃ、アイル! 加護を頼む!」
「えぇ、任せて」
「行くぞタマ!」
「はいっ!」
その後?
倒したよ。
レッドドラゴンの逆鱗に寄生してたちっちゃな悪魔
例によって俺が棒で叩き落として、おやっさんの花火の魔法でフィニッシュ。
すっかり身にしみたコンビネーション。
アイルハットの加護の力も無事発動。
レッドドラゴンのブレスを弾いた時には正直心躍ったね。
さて、こうしてレッドドラゴンも正気に戻った。
俺達もレッドドラゴンから礼として。
魔法のグローブ。
魔法の威力アップの指輪。
魔法防御率を上げるマントを貰った。
グローブは俺、指輪はおやっさんに。
そしてアイルハットは俺のジャケットの下からマントを羽織った。
マントあるのにジャケットいるか? と思ったが、アイルハット的にはこの着こなしが気に入ったらしい。
う~ん、ファッションはよくわからん。
というこで、そのままにしておいた。
それから火口にある温泉で疲れを取ったり。
女湯を覗くという「心残り」を叶えて、またおやっさんが一つ年を取ったり(どんな心残りだ)。
そんなこんなで無事に冒険者としての初の
資金もゲットし、旅も順調に進んだ。
二十代の男二人。
十代(に見える)の女一人。
途中、トラブルにもたくさん巻き込まれた。
喧嘩もした。
おやっさんと川岸で殴り合ってダブルノックダウンで友情を深め合ったりもした。
そして。
そのたびに、おやっさんは成長していった。
それから、おやっさんが本当に「おやっさん」と呼ぶにふさわしい年齢にまで成長した頃。
別れがやってきた。
共に旅を続けてきた。
堕神、アイルハットとの。
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