第15話 堕神アイルハットと逃走中

神墜しんだ平原へいげん


 一万年に一度という、そこ。


 俺と二十歳になったおやっさん──ミキオの目の前に「スンッ──」とした顔で頭に二本の角の生えた女の子が光に包まれながらゆっくりと降ってきた。


「っと……」


 差し出したミキオの腕の中に角少女はお姫様抱っこの形ですっぽり収まる。

 二十歳になったミキオはなかなかの美青年だ。

 身長こそ大きくはないものの、生気に満ちたハツラツとした容姿に好感を抱くものは多いだろう。

 そんなミキオが角の生えた美少女を抱きかかえている。

 一般的な旅人スタイルのミキオ。

 馬鹿みたいに真っ白なローブを身にまとった角少女。


(うん、なかなか絵になるな)


 まるで西洋画でも見てるような気持ち。


 さてさて、それはともかくどうしたもんか。

 そう思って様子をうかがっていると。


「……嘘だ」


 少女が顔面蒼白で呟いた。


「大丈夫か?」


「私が……堕天……? え、この私が……?」


 ミキオが声を掛けるも、少女は心ここにあらずな状態。


「あ~、ミキオ? とりあえず下ろしてあげたら?」


「おう」


 ミキオが少女を地面に下ろすと。


 ふにゃぁ。


 っと少女は脱力しきったまま地面に崩れ落ちた。


「うぉっ、大丈夫かよ!?」


 慌てて抱きかかえるミキオ。


「ブツブツブツ……」


 まるで俺達のことなんか目に入ってないかのように少女はブツブツとなにやら呟き続けている。


「タマぁ、どうするよこれ?」


「う~ん、そうだなぁ……」


 これ、たぶん神なんだよなぁ。

 さすがに置いていくのもはばかられるなぁ。

 ほら、罰とか当たりそうだし。


 ポンッ!


 ミキオの肩に右手を置く。


「おめでとう! キミはこの美少女をおんぶしていい権利を手に入れたぞ!」


「はぁ!? タマ、お前なに言って……」


 俺はそのままツカツカと歩き出す。


「あぁ~! タマ、てめぇマジで……あぁ、もうしょうがねぇなぁ……!」


 少女を背中にしょって歩き出すミキオ。

 その表情はちょっとまんざらでもなさそう。

 うん、わかる。わかるよ、その気持ち。


 美少女をおんぶ。


 少女が着てるのは薄着のローブのみ。

 背中で感じてしまう少女の肉体。

 ふふっ、若者に役得を経験させるのも大人の務め。

 万が一魔物とか現れたら俺に任せとけ。

 この警察仕込みの棒さばきで、お前たちを守って……。



 ドドドドドド!



 守って……。



「うぉぉぉぉぉぉい! いたぞ! 神だ! 堕天した邪神だ! 狩れ、狩れ! 血祭りに上げてやれぇぇぇぇぇぇ!」



 ……え?


「おい、タマ! なんかめっちゃ来てるぞ! どうすんだよ!?」


 俺の頭に近くの街でたむろってた連中のことが蘇る。

 え~っと、たしか……。


『堕神狩り農夫団ファーマーズ

 一万年前に降ってきた堕神を誤って八つ裂きにしてしまったら、砂漠だった一帯が豊穣な平原へと変わった。

 それ以来、さらなる豊穣を願って一万年後に降ってくる堕神を殺すために日々鍛えている農夫集団。


 だったはず。

 まさか堕神に出くわすなんて思ってもなかったから気に留めてなかったよ。

 え、これどうすんの?

 置いて……く?


 ミキオの顔を見る。

 ふるふると首を横に振ってる。


「関わっちまった以上、見捨てるってのはね~だろ!」


 そりゃそうだ。

 これは赤子の泣き声を真似た悪魔の罠でもなければ、村人に生贄を差し出させてる悪魔の成れの果てでもない。


 それに。

 生贄に関してはミキオには「イステル」という深い傷がある。

 土地の豊穣のために殺される?

 冗談じゃない。

 そんなもののために殺人を容認するわけにはいかんよなぁ、元刑事として。


「ミキオ、行けるか!?」


「当たり前だろ!」


 そうして俺たち二人は、堕神殺害を目論む『堕神狩りファーマーズ』から逃げに逃げ続けた。




「はぁ……はぁ……! さすがにもう限界……!」


 交代で少女をおんぶして走ってきた俺たちは、小高い丘の陰に身を隠すと座り込んで息を整える。


「タマ、あいつらとうとう馬まで使い始めたぞ、もう逃げられねぇって!」


「つっても見捨てるわけにはいかねぇよな、ミキオ?」


「あったりめぇ~だろ、俺を誰だと思ってんだ」


 ミキオのこういう部分、おやっさんぽいよな。

 義理人情に熱くて──。

 諦めが悪い。


「なら、せめて話が通じるか一か八か交渉してみるか」


「あぁ、やれることは全部やろうぜ」


「最悪、花火で目眩ましして馬を奪って逃げよう」


「乗馬の経験は?」


「あるわけないだろ。日本に馬なんていねぇよ」


 競馬場と牧場以外には。


「なんだ日本ってのもつまらなさそうだな」


「そう言うな。意外といいとこだぜ? コンビニも自販機もあるし」


 無駄口を叩きながら緊張を解いていく。

 さぁ、あとは野となれ山となれ。

 おやっさんのことも青年まで成長させた。

 よくやったほうだろ、散々ポンコツ扱いされてきた俺にしちゃ。

 もし、ここで俺たち二人が終わることになっても……。


「なぜ? なぜ私をかばう? 放って捨てていけばいいだろう……」


 少女が虚ろな視線のまま呟く。


「ほっとけるわけないだろ!」


「なぜ……?」


「土地を豊かにしたいならたがやしゃいいだけの話だ。なんでこんな可愛い女の子を殺さなきゃいけないんだよ。おかしいだろ、どう考えても」


「可愛い女の、子……? 私が……?」


 ぽかんとした表情で少女は顔を上げる。


「しかも俺たちゃ元警察管だ。殺人が目の前で行われようとしてるのを黙って見過ごすわけにはいかねぇ」


「けいさつ……? でも、私なんかを助けてもなにもいいことはないぞ……。私は渡航の神。こんな私なんか助けたり殺したりしたところでなにも……」


「うっせぇなっ! 俺が助けたいから助ける! それで文句あるかよ!」


 おやっさん、昔はこんなに熱かったんですね。

 でも、そういうとこ……。

 嫌いじゃないです。


「ああ、俺たちはキミを助ける。そして北に向かって『ファルシオン神殿』へと到着する。そして帰るんだ、日本にな」


「ファル……シオン……? ファルシオン……! そうだ、私、戻れる……。ファルシオン神殿だったらまた天界に戻れるかも……」


「そうかい。なら一緒に来るかい?」


 ミキオが手を差し伸べる。


「……うん!」


 少女が手を取る。

 そのまま少女は丘の上に仁王立ちすると、澄んだ声で語りだした。


「私は渡航の女神アイルハット。海と海、大陸と大陸の間の旅の成功を約束する神。旅を成功させた分、その『負荷』を私自身の中に溜め込んでいる。だから、吐き出させてもらう。ここで。私が溜め込んだ『負荷』を」


 その足元には、すでに馬に乗った堕神狩りの農夫たちが押し寄せている。


 と。


 ぬぷっ──。


 馬の蹄が地面に沈んだ。


「うおっ!?」

「ヒヒ~ン!」


 そのままズブズブと地面に沈んでいく馬と農夫たち。


「なぁに、死ぬほどの深さではない。ただ湿地にさせてもらっただけだ。今後は畑ではなく、田んぼでも作ることだな。お前たち自身の手で」


 そう言うと、アイルハットは「よいしょ」と丘から飛び降りた。


「え、お前すごくね!? 魔法!?」


「ふふふ……崇め奉るがよい、この渡航の女神アイルハットをな」


「いや、質問に答えろよ、お前アホなのか?」


「ア、アホだと……!? この私を……? たかが人ごときが……?」


「はいはい、喧嘩しない。まずはあいつらが追いつけないところまで逃げるぞ」


 二人をいさめながら俺は思った。


 あれ……?


 これ、もしかして。


 引率する子供が増えた……?


 と。

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