第14話 赤ちゃんの鳴き声

 砂漠を通りかかった時、赤子の泣き声が聞こえてきた。


「え~ん、え~ん!」


 魔導都市で花火を打ち上げた後、さらに二度成長し、今ではもう高校二年生ほどまでに成長したミキオと顔を見合わせる。


「タマ? 赤子」


「砂漠だぞ?」


「でも行かないと」


 思春期を抜けたミキオは思いのほか正義感の強い男になっていた。


「やれやれ……」


 大人になってきたとはいえ、こっちはミキオを連れてるだけで大変なんだ。

 そのうえ赤ちゃんまでとなると……。

 しかも砂漠。

 刑事だった頃なら職務上一応確認しに行っただろうが、ここでの俺はただの旅人。

 自分の命が一番。

 あ、いや、おやっさんの命が一番だ。

 二番目が俺。


 冷たいなどと言うなかれ。

 この世界ではちょっと気を抜いただけですぐ人は死ぬ。

 まったく、ここまで生きてこられただけでも奇跡だっての。


 頭から被った日よけの外套をなびかせながら、ミキオはするすると声の方へと駆けていった。


「タマ!」


「なんだぁ?」


かご! かごがある! この中から鳴き声がするってばよ!」


かごぉ……?」


 こんな砂漠に?

 捨てるにしてもこんなとこに捨てるか?

 ここまで誰ともすれ違わなかったぞ?

 それに足跡だってついてない。


「……ミキオ! 近づくな!」


「え?」


 こちらを振り向くミキオ。


 その後ろにあるかごから。


 忌々しい巨大な手が伸びてきて。


 グワシッ──。


 ミキオを掴んだ。


「ミキオ!」


 クソ、罠だった!


 もっと気をつけるべきだった!


 ここは異世界だってさっきも思ったじゃないか!


 いるんだ、魔物が、悪魔が!


 人間を騙して食おうとする天敵が!


 砂に足を取られる。


 なかなかミキオに近づけない。


 それでも諦めずに足を前へと踏み出す。


 踏み出す。


 踏み出す。


刑事デカってのは最後は執念よ。諦めないやつだけが最後に犯人ホシを挙げることが出来るんだ。だから、これはもうムリってなってからが俺たちの本番ってことだな』


 本番。


 そう、本番ッスよおやっさん。


 俺、まさに今本番を迎えてます。


 だから、少しでいいから。


 力を……。


 貸してください!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ミキオはかごのフチを掴んで中に引きずり込まれるのをどうにか耐えている。


 俺は魔導都市で新しく揃えた鉄製の棒で、ミキオを掴む悪魔の手を思いっきりぶん殴った。


「え~ん、え~ん!」


 赤子の泣き声を上げながら、手はミキオを離しかごの中へと引っ込んでいく。


「ミキオ!」


「ああっ! 食らいやがれっ!」



 パァ──ン……!



 ミキオの手からかごの中に向かって花火の魔法が放たれる。


「え~ん……え~……」


 悪魔の泣き声は次第に小さくなっていき、やがて沈黙した。

 持ってる鉄の棒でそっとかごをひっくり返す。


 ころんっ。


 転がって見えたかごの中は空っぽだった。


「ったく、なんだってんだよ全く……」


「そういえば聞いたことがある。悪魔が最初に覚えた人間の言葉は人間の子どもの泣き声だって」


「はぁ? それで騙してどうするつもりだったんだよ?」


「さぁな、連れて行こうとでもしてたんじゃないのか?」


「どこにさ」


「少なくとも日本じゃないことだけは確かだ」


「ったくよぉ~、俺はその日本ってとこの記憶もあんまないんだから頼むぜほんとに」


 悪魔に遭遇するのはこれで二度目。

 一度目は生贄の少女イステルを助けた時。

 どちらもイヤな想い出として残ることとなった。


 それから俺たちは無事にオアシスに広がる街へとたどり着いた。

 多くは語らなかったが、ミキオはおそらくそこで童貞を捨て──さらに三度、成長していた。


 その後オアシスを発った俺達は、『神墜平原しんだへいげん』という場所へと足を踏み入れていた。

 どうやらここでは一万年に一度、神が墜ちてくるらしい。


 そして。


 俺たちは。


 出会ってしまった。


 堕神、アイルハットと。

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