第12話 真犯人はお前だ!

 中高生の頃の「保健室の先生」というのは、男子たちほぼ全員にとってのマドンナだった。

 なぜなら。


『年上のお姉さんっていいよね……』


 自信も経験もない男子中高生にとって一番身近な大人のお姉さん、保健室の先生というのは最もリアルで最も妄想を炸裂させやすい存在だったからだ。


 そして。

 俺の隣で鼻の下を伸ばしているミキオが、今まさにその状態。


 ザ☆男子中学生。


 ツンッ。


 肘で軽くミキオの脇腹をつつく。


「……!」


 ミキオの呆けた顔は瞬時に恥ずかしそうな表情に変わり、そのあとキリッとなる。


(ふふっ……カッコつけやがって可愛いじゃないか)


 一番性の目覚めに振り回されるのも中学生なら、一番その振り回されてる自分を気取られたくないのも中学生なのだ。

 そういった複雑な感情を持ち合わせた結果、中学生はある種の厨二病に陥りやすい。


(おやっさんが厨二だったこともあったんだろうか……)


 おっと、まぁそんなことは今はどうでもいい。

 この見るからに怪しいエロエロ未亡人から主導権を握らなければ。

 そして、そこは腐っても元刑事。


「ご夫人。我々はニホンという国から北を目指して旅をしている途中の者です。そして我々は故郷では『刑事デカ』という職業に就いていました」


「ニホン……聞いたことがないのう」


「何しろ小さな島ですから」


 食いついた。

 相手の知らない情報を与えて興味を引き出す。

 それが出来ればもうこちらのペースだ。


「それにデカ、というのはどのような職業か?」


「はいっ、刑事デカというのは犯罪者を捕まえる仕事です」


「犯罪者……」


「はい、例えば──殺人事件の犯人などを」


「ほう……?」


 夫人の細くつり上がった眉がピクリと揺れた。


 ◇


「これが現場げんじょうですか」


 町長の館の応接間。


 町長の遺体はすでに動かされベッドに横たわっている。


「失礼」


 町長の体を調べる。


「正面から刺し傷。刃渡り約五センチ。争った形跡はなし。瞳孔が開いている。ご夫人、町長は普段から薬物の使用を?」


「貴様……! 我が夫を侮辱するというのか……!」


 激昂する夫人。

 誤魔化してる?

 それとも、この反応は本当に──。


「いえ、常習的に摂取していたのでなければ、町長はクスリを盛られた可能性が高いです」


「……なぜそのようなことが言える?」


「言えるんです。見てください。この瞳の開き具合を。お隣の衛兵さんの瞳と見比べてみてください。明らかに開いているでしょう? これは死後硬直と言って、亡くなった瞬間の町長の体の反応がそのまま残っているのです。そして、この瞳孔の開き方は十中八九じゅっちゅうはっく薬物によるものです」


「しごこうちょく……? そのような言葉聞いたこともないが」


「きっと国の高名な学者様とかに聞いていただいても同じような答えが返ってくると思いますよ。それよりも続きを話しても?」


「うむ……話すがよい」


「死後硬直から読み取れるのは、この表情ですね。『騙された』『なんでお前が?』そんな顔をしています。おそらく、クスリを盛ったはいいものの思ったよりも効き目が薄く、剣でトドメを刺したのかと。剣は刃渡りが小指のサイズほどの両刃剣」


「ふ……む」


 暴論だが。

 専門用語や証拠なんかはどうだっていい。

 この状況においてなにより大事なのは。


 説得力。


 俺の積み上げる言葉の一つ一つが夫人の心をどう動かすか。

 その勝負だ。

 俺はおやっさんに目配せする。

 かつてのおやっさんならこれで伝わるはず。

 まぁ、俺が目配せをだったんだが。

 さいわいミキオはススス……と犯人ホシの背後に静かに移動した。

 最後に決定的な証拠を突きつけるために。


「さて、埃というものはどれだけ掃除しても半日も経てば積もるものです」


「……? なんの話をしている?」


「床をご覧ください。ここだけ埃がまったくないと思いませんか?」


「……たしかに」


「そして、隣には絨毯。つまり……」


 バッ──!


 絨毯をめくると、その下から血痕が出てきた。


「これを隠すために絨毯を動かしたんですな」


「しかし、なぜこんなことを?」


「隠したかったんでしょうね。殺害の直後に誰かに気づかれてとっさに動かした。そう考えるのが自然かと。第一発見者は?」


「……俺だ」


 衛兵が小さな声で名乗りを上げる。


「ご夫人が気づかれたのは?」


「物音がしたからドアを開けてみたらシダルが『夫が倒れている』と……」


 シダル。

 衛兵の名前か。


「なるほど。つまりこういうことですね?」


 俺はかつてのおやっさんのようにアゴを触ると上目遣いでギロリと夫人を睨む。


「シダルがクスリを盛り、町長を殺害した可能性を否定できる証拠はなにもない、と」


「な、なんだと貴様……!」


 シダルの声をミキオの高い声が打ち消す。


「あれれぇ~!? この衛兵さんの剣、刃渡り小指くらいの長さの両刃剣じゃない!? おかしいな~! 町長の第一発見者が、町長殺害に使われた凶器と同一のものを持ってるなんて~!」


 そう言ってシダルの腰から剣を抜き取る。

 ナイス、おやっさん!

 さすが子供になってても刑事デカ魂は健在ですね!


「ガキ……! なにを……!」


「おっと、その剣は証拠品として押収させてもらう。それとも他に自分の無実を証明する方法が?」


 夫人を見るとまるで汚らわしいものを見るかのような目でシダルを見つめていた。

 よしよし、夫人の方は大丈夫そうだな。

 最初見た時に悪女だ、怪しいだなんて思ってすみませんでした。

 シダルが犯人ホシ

 その線で話を進める。


「き、き、貴様らが怪しいことにもなんら変わりはないだろう! 俺とペンスは古くからの付き合いなんだ! そんなことするわけが……」


 ペンス。

 町長の名前だろう。

 つまりシダルは町長を呼び捨てにするくらいに親しかった。


「俺達が怪しい。怪しいねぇ……。ま、その点は否定できません」


「だろう!? なら……」


「だが! 俺たちは町長を殺していないことを証明できる! まず、俺達が顔も知らない町長を殺す動機は!? そして凶器は!? 俺たちは木の棒しか持ってないぞ! クスリはどうやって手に入れた!? それを盛る機会は? こっそり街に忍び込んで誰の目にも触れず犯行を行い、館から去った後、ボケ~っと街に残っていた理由は!? 動機が物取りだとしたら金目のものは奪われていたのか!? 否! よってこれは顔見知りによる怨恨が理由による殺人の線が濃厚! 何もかもが無理筋なんだよ、テメエが俺達に罪を被せようってのはなぁ!」


 気持ちいいまでの完全論破。

 ぷるぷるとシダルが震えながら悪あがきをする。


「ぐだぐだと屁理屈ばっかぬかしおって……。だが、貴様らが怪しいという点は……」


「はぁ……」


 仕方がない。

 やりたくはなかったが、おそれくで俺たちの疑いは晴れるだろう。


「ご夫人」


「な、なんじゃ……?」



「ミキオに胸を揉ませてやってください」



 間。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? タマ!? お前、何言って……!」


 中学生一年生らしい正しい反応。

 悪いな、ミキオ。

 ただ、俺たちの存在をはっきり裏付けさせるにはこれが一番なんだ。


「胸を……? 揉んだらお前たちの疑いが本当に晴れるというのか……?」


「はい(嘘偽りない澄んだ目)」


「ふむ……それなら……」


「あぁ……いけません、ご夫人!」


 ぽろんっ。


 え、何も直じゃなくても……。

 まぁいい。

 せっかくなんだ、揉ませてもらいなさいミキオ。


「その……するなら早くしてほしいのだが……恥ずかしいのでな……」


「ミキオ」


「えぇぇぇぇぇ……?」


 嫌がるミキオの手を握って夫人の豊かな胸に添えさせる。


 一、二、三、四、五、六、七……。


 七揉みくらいしたところで、ミキオの体は光りに包まれてまた一つ成長した。



『大人のお姉さんとそういう関係になる』



 これは女が好きな男子ならほぼ全員が抱えていた心残りなのだから。


「ね、これでわかっていただけたでしょう? 私達はミキオにかけられた魔法を解くために北へと向けて旅をしているのです。こんな道中で他人に手をかけたりなんかしませんよ。よって……」


 俺はビシリと衛兵を指差す。


「真犯人はお前だ、シダル!」


「うぅ……だって……だって……俺たちずっと幼馴染だったのに、俺の好きだったヤンニをめとったばかりか、俺のことをコケにしやがってよぅ……」


 床に崩れ落ちたシダルが自分語り盛り盛りの自供を始める。


(ふぅ……ガバガバ推理だったが結果オーライ、かな?)


 ただ、ミキオには繊細な少年心を弄ぶようなことをしてしまって申し訳ないが……。


 クスリを盛られてもないのに瞳孔の開いているミキオを見て俺は少し罪悪感を覚えていた。


 だがこうして。


 結局俺たちはゼニトの街の町長殺害事件を解決し。


 ミキオはまた一つ、年を重ねたのだった。

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