第10話 勇者一行

 次の村で勇者に会った。

 なんでも近隣の凶悪な魔獣を退治してきた帰りらしい。

 俺たちは勇者一行を取り囲む人垣に紛れ、その様子を遠巻きに眺めていた。

 彼らはとても旅をしてるとは思えない、きらびやかな装いに身を包んでいる。

 俺たちのエリオットおばあちゃんの店で揃えた、すでにズタボロになっている衣服とは大違いだ。

 隣でミキオがぼやく。


「ちぇ~、俺達だって人食い悪魔をやっつけたのにさ~……」


 ミキオは今、小学六年生程度。

 もうすぐ反抗期をこじらせてくる頃か。

 それと、思春期も。


「まぁまぁ、そう言うなって。俺達も立派な勇者さ。イステルとあの村のさ」


「んでもよぉ~? 俺ら、あんなにチヤホヤされてね~じゃん? ほら、もっと褒美とか欲しいじゃねぇか、金とか、あとその……ちょっと、モテたり……とか?」


 金、名誉、女。

 ミキオもそういうものを欲する年になってしまったか。

 もう落ちてた枝を拾って喜んで振り回してたミキオはいないんだな。

 子どもの成長は早いなぁ。

 なんてちょっぴりセンチな気持ちに浸っていると、勇者が俺達に話しかけてきた。


「やぁ、キミたちは? さっき『俺達も立派な勇者』とか言ってたよね? 気になったからちょっと話を聞かせてもらっても?」


 白い歯がキラリと光る。

 容姿端麗。

 センターパートの緑の髪がさらりと風になびく。


「お……おうっ! いいぜ! 俺たちな、なんと悪魔を殺したんだ!」


 有名人に認知されて舞い上がってる子供。

 それが今のミキオだ。

 ちょっと興奮気味。

 まぁ、気持ちはわからないこともない。


「へぇ……悪魔を、ねぇ? よかったらその話、詳しく聞かせてくれないかな?」


「あぁ、いいぜ! いいよな、ミキオ!?」


「うん」


 そうは答えはしたものの。

 俺はこの勇者の張り付いた笑みに一抹の不安を感じていた。



 ◇



 ドッ──!


「ぐっ……! な、なんで……?」


 勇者たちの取っている宿。

 そこに迎え入れられた俺たちは、突然腹を蹴られて床に転がっていた。


「おい、声は漏れてねぇだろうなぁ?」


「あぁ、すでに沈黙サイレントの魔法をかけた。ここでなにが起きようと外の連中にはわかりっこねぇ」


「そうか……なら、思いっきり──」


 ドフッ──!


「殺れるなぁ!」


 おやっさんを庇った俺の背中に勇者の脚がヒットする。


「これが勇者様の本性ってか……?」


「本性? ちげぇな。俺はただ悪が許せないだけだ。てめぇらみたいに『悪魔を倒した』だなんてホラを吹く悪がなぁ!」


「そんな……ホラなんかじゃ……」


「っるせ~ぞ、ガキぃ!」


 ビクッ……!


 取り巻きの男に怒鳴られて怯えるミキオ。


 ミキオ……。

 今どんな気持ちだろうなぁ……?

 憧れの存在から拒絶され、ましてや暴力を振るわれるだなんて。

 ミキオは──おやっさんは──。

 どんだけ傷ついたろうなぁ……?


 ゆらり。


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「刑法二百四条ぅ! 人の身体を傷害した者は十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する! 傷害罪の現行犯だ、バカヤロー!」


「は? こいつなに言って……」


「おやっさん! 背中頼みます!」


「おう! 任せろ、タマ!」


「な……そんなガキと二人でなにが……」


 俺は勇者の袖と襟元を掴むと。


 くるんっ。


「──は?」


 ドスンッ!


 背負投げ。

 そこからそのまま一瞬で頸部を圧迫して──。

 


「異世界が何だ! 柔道知らねぇだろうがてめぇら!」


 俺の腕の下では勇者が口から泡を吹いている。


「くっ……貴様、そんなことしてただで済むと……」


「うおおおおお! こっちだ!」


 おやっさんが取り巻きの男の足に掴みかかる。


「ぐっ……このガキ……!」


 振りはらうとする男。

 それを俺の唯一の武器、『そこらで拾った警棒のような木の棒』でタコ殴りにする。


「ヒッ……!」


 犯人グループ制圧のコツ。

 それは「残りの相手の戦意を喪失させるくらいに」こと。

 人は理性の生き物だ。

 どうしても常にどこか無意識でブレーキをかけてる。

 それを逆手に取って相手がドン引きするくらいまでやりすぎることによって、場の有利性を築く。

 それが──。


「体に染み込むまでおやっさんから何度もしごかれ続けた制圧術だ!」


 勇者一行の二人を制圧。

 残りは一人。

 おそらくは魔法使い。


「え~っと、なんだっけ? ここには沈黙サイレントの魔法がかかってるんだっけ? 外に音は漏れねぇって? そりゃあ……」


 バキバキと拳を鳴らしながら距離を縮める俺とおやっさん。


「ご愁傷さまなことで」


「お、お前ら……誰に手を出してると……」


「誰って? さぁな? ただ、わかってるのはお前らが手を出した相手が……」


 長年築いてきた阿吽の呼吸で俺とおやっさんは同時に男に飛びかかる。


「日本の警察だってことだ!」


「ヒィ~!」


「傷害及び公務執行妨害の現行犯で逮捕だ、この野郎!」


 俺は肩を、おやっさんは足を取り押さえてる。


「おやっさん、サポートありがとうございました」


「あぁ、タマにしちゃ~、まぁまぁだったな」


 俺だけが知ってる。

 これは、おやっさんからの最大の賛辞だ。

 そして俺の頭におやっさんの言葉が蘇った。


『俺らの世代でさ、勇者に憧れてねぇやつなんかいなかったさ』


 すると、おやっさんの首から下げてるお守りが光り、おやっさんが四度目となる成長を遂げた。


 はは……。


 馬鹿だ、おやっさん……。


 本当に勇者になりたくて後悔してたんだな……。


 大丈夫、あなたはずっと勇者ですよ。


 少なくとも、俺にとってはね。


 勇者一行を取り押さえた部屋の中。

 思春期を迎えた少年ミキオは、複雑な顔で己の手を見つめていた。

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