第9話 告白

 闇夜の中、行列の後をつける俺とおやっさん。

 腐っても刑事デカ

 尾行なんてお手の物だ。

 記憶を失くしてるはずのおやっさんだけど、ちゃんと体に染み付いた動きが出来ている。


『タマ、尾行ってのはな極論二つだけ守ってりゃいい。対象ホシに気付かれない、対象ホシを見失わない。それだけだ』


 俺とおやっさんは交互に先導し合いながら行列の終着点、山の中腹にまでたどり着いた。

 人々は洞穴ほらあなの前に籠を置き、そのまま村へと帰っていく。

 人気ひとけがなくなったのを確認して、俺とおやっさんは籠の中を覗いた。


「ふぁ……? なんだぁ~、ミキオかぁ~。それにタマも~……」


 イステルの様子がおかしい。

 呂律も回っておらず、目の焦点も合っていない。

 酩酊状態。


 スンッ──。


 籠の中に漂うケシの匂い。

 彼女の体に描かれた紋様といい、これは……。


「イステル……? どうしちまったんだよ……?」


「うふふ……ミキオ心配してくれてるのぉ? 大丈夫だよぉ……? 守り神さまに身を捧げるだけだからぁ。村にいた友達もみ~んな身を捧げて幸せになったんだぁ。だから、ね? ミキオもそんな顔しなくていいんだよぉ~?」


 守り神。

 つまりイステルはその守り神に生贄として捧げられたってことか。

 人身御供。

 そうだ、ここは異世界だ。

 どんな風習があるかもわからない。

 魔物だっている世界なんだ。

 ってことは、ここには……。


 ガザッ……。


「あ、守り神様来たみたい~」


 バフォメット。

 ヤギの頭。

 赤い目。

 放り出された乳房。

 邪悪さを振りまく、悪魔。

 だが……。


 その体は、


 低い唸り声を上げてゆっくりと腕で這ってくるバフォメット。


「あぁ……守り神さまぁ……早く私を食べて幸せな世界に連れて行ってくださぁい……」


 フラフラとバフォメットへと近づいていこうとするイステルを止める。


「やだぁ~、なんで止めるのタマぁ~?」


「イステル……これは守り神なんかじゃない。悪魔だ。身を捧げても村を守ってなんかくれない。逆に村を脅して生贄を差し出させてるんだ」


「そんなことない……そんなことないよぉ……。じゃあ、悪魔だったら……守り神さまに身を捧げた私の友達たちは……お姉ちゃんは……」


「大丈夫、イステル。もうこんなことは終わらせる」


「ダ、ダメぇ……。タマ、お願いだから守り神さまにひどいことしないでぇ……」


 すがるイステル。

 だが、その動作は緩慢。

 俺はイステルの手をすり抜けてミキオに声をかける。


「聞いてたな、ミキオ?」


「あぁ……こんなもんが守り神だなんてとても思えねぇ……」


「これまで村の子供達がたくさんこいつの餌食になってきたらしい」


「そしてイステルも、な」


「救おう、ミキオ」


「当たり前だ。これが村の守り神だってんなら──」


 バフォメットが苦しそうに呻きながら俺たちの方に手を伸ばしてくる。


「俺がイステルの守り神だ!」


 グシャ。



 ◇



 夜が明けた。

 溶けたバフォメットの残骸は日に当たるとサラサラとちりになって跡形もなく消え去っていた。


「ん……」


 イステルが目を覚ます。

 大麻の効用は経口摂取で約八時間。

 夜が明けることには覚めてるはずだ。


 バッ──!


 イステルは飛び跳ねて俺のかけてた上着で体を覆い隠す。


「大丈夫かい?」


 ミキオはまだ寝ている。


「わ、私は……?」


「キミたちが守り神と呼んでいた悪魔──バフォメットは僕たちが倒したよ」


「た、倒し……? なんで……? なんでそんなことするの……?」


「キミを守りたかったからだ」


「……は? 守る? 守るってなに? 村の守り神さまなんだよ……? それを殺すだなんて……」


 愕然とした顔のイステル。


「大丈夫。キミは村に帰ってこう言えばいい。『守り神さまは来られなかった。洞穴ほらあなの中を確認したけどいらっしゃらなかった。きっと本当の神様になって私達を見守ってくださってるのだろう』って」


「……は? なにそれ? 嘘じゃないの。なんで私がそんなこと……」


「キミを守るためだよ」


「守るってなによ! それならなんで私の代わりに捧げ物になってくれなかったのよ! ギリギリで来てくれたから代わりに行かせようと思って仲よくしてあげたのに! でも、そんな得体の知れない者は捧げ物にはならないって言われて……!」


 子供は大人が思っているよりも打算的で残酷だ。

 そんなことをイステルの言葉を聞きながら思い出していた。


「大丈夫。大丈夫なんだ。もう村の誰も捧げ物になんかならなくていい。守られたんだ、キミは。ミキオによってね」


「……!」


 イステルは憎々しげに寝ているミキオを睨むとよろよろと立ち上がり、籠から出ると羽織ってた上着を俺へと投げつけた。


「そんなこと……誰も頼んでないのに……!」


「ああ、俺達が勝手にやったからな」


「馬鹿……」


 そう言い残し、イステルは村の方へと歩いていった。


「ふぁ~、よく寝た。あれ、イステルは?」


 演技の下手なミキオが棒読みで言う。


「イステルはね、村へと帰ったよ。ミキオにも礼を言ってた。ありがとうって」


「へぇ~、そうかい。ま、でもこれで俺達と関わった人間が全員死ぬってわけじゃないことがわかったな」


「ああ、そうだな。守ったんだ。俺達が」


「だな! じゃあついでにこの山も越えちまうか! 北の大地が俺らを待ってるからな!」


「……村に戻らなくていいのか?」


 しばしの逡巡の後。


「いい! だって……」


 ミキオは籠から飛び出すと、村に向かって大声で叫んだ。



「イステルー! 俺、お前のこと大好きだったぞ~~~!」



 振り返ったミキオがニヒヒと笑う。


「告白なら、もうしたから」


 そう少し寂しそうに呟いた瞬間、ミキオの体は光りに包まれ。


 彼はまたひとつ。


 年を取った。

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