第8話 恋は盲目

「わぁ! 私と同じ年なんだ! 同世代の友達全然いなかったから嬉しい!」


「お、おう……」


 まんざらでもなさそうに頭を掻くミキオ。

 おいおい……あんまり人と関わり合いにならないようにするんじゃなかったのか?

 とは思うものの恋は盲目。

 ましてや小学生ともなれば、その盲目から冷めるのは容易くない。


「やぁ、イステル。僕はタマ。ミキオの保護者だ。服を買いたいんだけど、この辺におすすめのお店はあるかい?」


「こんにちわ、タマ! まぁ、あなたたち変な格好してるものね! それならエリオットおばあちゃんのお店で選ぶといいわ! 連れてってあげる!」


「あぁ、助かる」


 好きな女子を横取りされたかのような顔でぶーたれてるミキオの頭をくしゃりと撫でて「大丈夫だよ」と呟いた。


  そう、この子は木こりのフランクとも魔女ミストリアとも違う。


 大丈夫。

 大丈夫なはずだ。


 エリオットおばあちゃんの店は田舎の洋品店といった趣きだったが、それゆえ迷うこともなくこの世界の一般的な衣服を得ることが出来た。

 俺はグレーとベージュの上下。

 ミキオはカーキの上着と裾の絞ってあるクリーム色のズボン。

 草木染めってやつなのか、どちらも草の匂いがする。

 足元は鹿の皮を重ねて作ったブーツ。

 ついでに布製のリュックと斜めがけのバッグも買った。

 金はフランクからもらった路銀で十分に足りた。

 エリオットおばあちゃんは終始にこやかに対応してくれたが、刑事の勘が感じ取っていた。


 なにか探られたくない腹を隠している、と。


 その後、お礼にとイステルを食事に誘い、宿を取ると俺たちは別れた。

 そしてその間、村人たちはやはりエリオットおばあちゃんと同じような態度を取っていた。

 なにかを隠している。


『早く出ていってもらいたい』


 そう言わんがばかりの態度に、俺はわずかにきな臭さを感じていた。


 ◇


 夜。

 粗末だがベッドが二つある宿の一室。

 井戸で水浴びをすることの出来た俺たちは早々にシーツにくるまり、久々の文明のありがたさを堪能していた。


「なぁなぁ、タマ! お前、どう思う!?」


「どうってなにが?」


「だから……あの……」


「イステル?」


「そ、そう! そいつのことだよ! タマはどう思うよ、あの女……イステルのこと」


 おいおい、修学旅行の夜気分か?

 と思ったが、今のミキオは小学五年生程度。

 リアルに修学旅行の夜気分なのかもしれない。


「いい子だと思うよ」


「だ、だよな!?」


「ミキオはどう思うんだ?」


「へ!? お、俺!? 俺は……その……」


 もじもじとシーツがうごめく。


「ミキオ、言っておくがあの子はフランクやミストリアとは違う。今は手がかりがないからミストリアの言った通り北へと向かってるが、だからといって彼女の言ってたことがすべて当たってるとは限らん」


「つまり……気にしなくていいってことか?」


「ああ。ミキオは記憶を失くしてる。そして前世の心残りを解消するたびに一才ずつ年を取る。今のミキオが存在するのは、今だけなんだ。文字通りな。だから……後悔だけはしないようにしろ」


「後悔……うん。そうだよな。わかったぜ、タマ! 俺、明日イステルに告白する!」


「明日か。急だが俺たちは旅人だ。それも悪くはないだろ」


 結果がどうなるにしろ、ミキオは明日また一つ年を取る。

 村人たちの様子も気になるし、もしイステルになにかがあるのだとすれば俺が守ってやろうと思う。

 前世でおやっさんに守られた俺だ。

 今世でおやっさんの想い人くらいは守ってあげたい。


「おい、タマ? なんか外の様子変じゃないか?」


 ミキオの頭の上から窓の外を覗く。

 手に手にランプを持った人々が一列に並んで歩いている。


「お祭りとかかな? 今日は誰もそんなこと言ってなかったけど」


 やがて担がれた籠が現れた。

 そこに乗っているのは──。


「イステル!?」


 裸に近い格好で体中に奇怪な紋様が描かれている。

 そして、彼女の表情は──。


 昼間の様子からは想像もつかないくらいに。


 暗く、うなだれている。


「ミキオ!?」


 一瞬のうちに部屋を飛び出したミキオを追って、俺も廊下へと駆け出した。



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