第7話 少女イステル

 太陽の方角を見て北へと向かった。

 さいわいこの世界でも陽は東から上って西に沈むようだ。


 日本人たる自分たちとは違う人種の人々。

 世に存在する魔物、魔獣。

 しかし言葉は通じる。

 人の通り慣れた道を歩けば危険な存在にもそれほど出くわさない。

 俺達が恐れていたのは魔物でも魔獣でもなく──。


 人。


『数多の犠牲を踏みにじり、汝らは北へと向かうことになる』


 老婆の残したその言葉。

 俺達と関わったこの世界の人間は死ぬ。

 少なくともすでに二人死んだ。

 人の死に慣れた俺よりもショックを受けているのは、おやっさん──ミキオだった。


「なぁ、タマ……? あんまり人に道とか聞かないほうがいいんじゃ……? ほら、だって……」


 死。

 それは子供にとって受け入れがたい恐るべき現象。

 俺も子供の頃は死という概念が怖くて怖くてしょうがなかった。

 いくらクソ生意気なミキオでもやはり例外ではないらしい。

 すっかりシュンとしたミキオの肩を抱いて優しく揺する。


「大丈夫だよ」


 ◇


 ミキオがまた成長した。


 川に向かって石を投げた時だ。

 ピョンピョンと水面を跳ねて跳んでいく平らな石。

 それが二十回連続で跳ねた時、ミキオの下げたお守りが光り、さらに身長が五センチほど伸びた。

 どうやら俺の知らないところにもおやっさんの心残りはあったらしい。


(そりゃそうだ。別に俺はおやっさんのことをすべて知ってるわけじゃない)


 最初小学三年生程度だったミキオは、二度の成長を経て小学五年生くらいの大きさになっている。

 俺のネクタイの先っちょ程度だったいがぐり頭も、今ではネクタイの中腹あたりほどだ。


 老婆の言っていた言葉。


『かつて負った傷を癒やしていくにつれ、そのわっぱは元の姿を取り戻すであろう』


 負ってたんだろう、なんらかの傷を。

 俺にはわからないが、この石投げで負けて悔しい想いでもしたんだろうか。


 さて。

 スーツも革靴もドロドロだ。

 真っ白だったミキオのランニングもすでに汗と汚れで真っ茶になっている。

 この世界の衣服を買わないとな。

 それにいいものも食べさせてあげたい。


 川沿いを歩いてきたこともあって川魚で食いつなぐことは出来ていた。

 持ってたライターで簡単に火も起こせた。


「タマ! なんかキャンプみたいだな!」


 そう言ってニヒヒを笑う歯抜けのおやっさん。

 少し元気が戻ってきたのかな。

 日本で俺にやたら理不尽な罵声ばかり浴びせていたおやっさん。

 そんな彼に今では俺が気を遣ってるのがなんだかおかしい。


「お、タマも楽しいか!? やっぱ男は自分で獲物を仕留めてだよな!」


 ああ、そのセリフ。

 おやっさんも、たまに言ってたよ。

 チームプレイ第一の現代で何言ってんだと思ってた。

 けど、子供の頃から変わってないんだなぁ、おやっさん。


 俺とおやっさんはパチパチと火花散る焚き火を眺めながら、この世界で二人ぼっちの背を少しだけ、そっと寄せ合った。

 夜の闇がしとしと忍び寄ってきて、俺たちを飲み込もうとしてたから。


 ◇


 最初の村を発って以来の村へとたどり着いた。

 前の村よりも栄えている。

 次第に都心に近づいてるということなのだろう。

 極力人との関わりを避けてきた俺達だったが、さすがにここでは関わらざるを得ない。


「それじゃあミキオ、まずは服と宿を。それから飯を食べ……」


 途中、鈴のような声が響いた。


「あらぁ? 変な格好~! あなたち誰ぇ?」


 声の主はおやっさんと同じくらいの年の子供。

 金髪碧眼で髪をザクザクと荒っぽい三つ編みにしている。


(あまり関わり合いにならないほうがいいな)


 そう思ってミキオを引き離そうとした時。


 ポケェ~~~~~~~。


 おやっさん。

 瞳孔が開き、口も半開き。

 頬もピンクに染まっている。


(あ、これ……)


 俺の頭におやっさんの言ってた心残りの一つが浮かんだ。


「俺が小五の時に好きだった初恋の子に告白……したかったんだよなぁ」


 これは……よくないぞ。

 俺が固まってる間にも少女はマシンガンのように話しかけてくる。


「私、イステル! あなたは!?」


「お、俺……ミキオ……」


「ミキオね! よろしく!」


 そう言ってミキオの手を取るイステルを見て、俺はもう取り返しがつかないことを悟った。

 老婆の言葉が頭をよぎる。


『数多の犠牲を踏みにじり、汝らは北へと向かうことになる』


 数多の犠牲。

 せめてこの子──イステルを犠牲にしないようにしなければ──。

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