第5話 フランクと魔女

 俺とおやっさんは一晩を木こりのじいさんの家で過ごした。

 この魔獣は妻のかたきで、それへの復讐のためにここで暮らし始めたのだそうだ。

 復讐。

 刑事だからいくつかの憎悪に端を発する事件にも関わってきた。


「復讐は何も生まない」だなんて戯言たわごとだ。

 人は復讐のためならどんな困難にだって立ち向かうことができる。

 このじいさんはそれがいい方向へと向いていた。

 ただ、それだけだ。

 いい方向──というより犯罪にならない方向、なんだが。


 子供らしく早々にいびきをかいているおやっさんを尻目に、俺もその日は眠りに落ちた。

 そして翌日。

 俺たちは名も無い近隣の村へと案内してもらっていた。


「ここを真っ直ぐ行ったところに魔女はいる」


「ええ、親切にありがとうございます。路銀まで」


「ほんの礼だ。気にするな。それに……俺にはもう必要ない」


 そうぶっきらぼうに言い残し、じいさんは村の奥へと歩いていった。


 さて──。


「なぁ、魔女ってなんだ!?」


「ああ、ミキオは昨日寝てたからな。魔法に詳しいおばあさんがいるらしいんだよ。だから魔女」


「やっつけなくていいのか?」


「悪い魔女じゃないからやっつけなくていいな」


「ちぇ~!」


 ミキオ。

 どうやら昨日の魔獣退治で浮かれてるらしい。

 子供だもんな。

 調子に乗る気持ちもわかる。

 しかし……。

 その姿が、功にはやるおやっさんの姿とダブってなんかだか笑える。


「あ? なに笑ってんだよ?」


「笑ってないよ」


「笑ってんだろうが、てめぇ、タマ!」


「笑ってないって」


「あ~! また笑った~!」


 ◇


 そんなこんなでやってきたやってきた魔女の家。


 うん……普通の掘っ立て小屋だな……。

 うちも祖父の代はこういう家に住んでたらしい。

 ん? ってことはミキオも年代的にこういう家で育ったんだろうか。


 なんて思ってると。


「入りな」


 中からしわがれ声が聞こえてきた。


「うおっ!」


 すかさず俺の後ろに隠れるミキオ。

 こいつ、俺を盾かなんかだと思ってるフシがあるな。


「失礼します」


 ギィ──。


 蝶番ちょうつがいが不気味な音を立てる。

 埃っぽい。

 外からの光は差してるが薄暗い。

 小さな老婆が安楽椅子に浅く腰掛けていた。

 視線が微かにズレている。


(目が見えてない……?)


「座りな」


 言われた通り、老婆の向かいの椅子に腰を下ろす。


「あんたらがフランクの人生を終わらせた使いだね」


「フランクって木こりのおじいさんですよね? 終わらせたって……」


「そうだよ! 俺たちはじいさんの仇を取ってやったんだぜ!」


 ギュッ……。

 結んだ老婆の手が強く握られる。


「そうか。そういうことか……。フランクはな、妻の仇を取るためにずっと一人で森の中で暮らしとった」


「その仇を取ったんだ! 俺達がな! どうだ、すげぇだろ、魔女!」


 自慢気に胸を張るミキオ。

 なにか……いやな予感がする。


「死んだよ、フランクは、たった今」


「…………は?」


「フランクの命の火が消えた。妻の仇を取る。それが果たされた今、フランクにはこの世に思い残すことなぞなにもなかったのじゃろうな。昔、愛する妻と一緒に暮らしてた家で、今自ら命を絶ったよ……」


「そんな……嘘……! だって、さっきまで……」


「いくら多少魔法に長けたワシでも普段はそこまでわからんよ。ただ、今朝からこの何十年に一度の魔力の冴えが訪れておる。視えとるんじゃよ、フランクの魔力も。貴様らの異分子たる魔力もな。さぁ、今からフランクの死を確認しに行くか、それともワシのおそらく人生最後の冴えを利用するか。どっちでもワシは構わん。どうするよ、異邦の迷い人よ」


 ……!


「タマ……」


 不安そうに俺を見上げるミキオ。

 その肩に手を置く。


「俺たちの、俺たちのことを教えて下さい……」


 そうだ。

 俺達が異邦人であることを見抜いたこの老婆。

 彼女なら、おやっさんを元に戻す方法も。

 元の世界に戻る方法も。

 わかるかもしれない。

 おじいさん──フランクの生死の確認は後からでも出来る。


「ふむ……では、しっかりとるとしよう。この枯れ木の魔女ミストリアの生涯最後の大仕事じゃ」


 そう言うと、老婆──ミストリアは白く濁った目を大きく見開いた。

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