第4話 往年のコンビネーション

「お~い、誰かぁ~?」


 ミキオが掘っ立て小屋のドアをガンガンと叩く。


「ちょっ、ミキオくん! そんなに叩いたら……」


 子供って体重軽いから身軽。

 どうにか革靴で小枝をパキパキ踏みながらミキオに追いつくと、背後から声がした。


「何をしておる?」


 ひげもじゃのおじいさん。

 ザ・木こりって感じの老人。

 しかも、その手に握られてるのは──。


 斧。


「ち、違うんですっ!」


「何が違うんだ?」


 ぐっ──。


 斧を握ったおじいさんの手に力が入る。


 ひぇ~、ヤバいってヤバいってこれ。

 え~、どう説明すりゃいいんだ?


 と軽くテンパってると。


「俺たち迷子なんだ!」


 おやっさん──ミキオが偉そうに胸を張って言い切った。


「迷子……?」


「ええ、実は……」


 はぁ……。

 下手に隠しても辻褄合わせが面倒そうだ。

 もう、全部正直に話してみよう……。


 ◇


「ふむ……ニホン、のう?」


 異世界から来たということだけ伏せて説明した。


「俺達は日本から来た」

「気がついたらここにいた」

「おやっさんが若返った」


 この三点。

 うん、嘘はついてない。


「はい、僕らが着てるこの服も日本製でして。見ていてだければ異国のものであるとわかっていただけると思います」


 スーツのジャケットを差し出す。


「ふむ……たしかにこんな上等な縫製、生地はこのへんのもんじゃないな。それに……」


 じろり。


 おじいさんが厳しい目をこちらに向ける。


「嘘を付くようには見えん。特にそっちの子供は」


「おう! 俺は生まれてこのかた嘘なんかついたことねぇぜ!」


 ミキオ、一体どこからその自信は出てくるんだ。


「で、どうかこのあたりのことを教えてきただきたいのですが」


「それは構わんが、貴様らは宿も飯もないのだろう?」


「おう! 腹ペコだぜ! ついでに泊めてくれ!」


「ちょ、ミキオくん……? すこしは遠慮ってものを……」


「構わん」


「へ?」


「泊めてやっても構わんよ。飯も食わせてやる。ただ、その代わり……ちょっと仕事を手伝ってもらうがな」


「はぁ……」


 ◇


 仕事。

 それはイノシシ狩りだった。

 なんでも作物を荒らすので困ってるらしい。


 ってことで。

 イノシシの好きな芋を山盛りに積んで、俺たちは物陰に隠れて待機。


 異世界に来てやってることがイノシシ狩り……。

 しかもこんな棒っ切れで大丈夫なのか?

 イノシシって突進食らったら結構やばいやつだろ?

 もしおやっさん──ミキオになにかあったら俺はこの先どうすれば……。


 なんて思ってると。


 ガサッ──!


(来たか……)


 息を潜めて音の方を見る。


 えぇ……?


 あの~……?


 なんかイノシシじゃなくてデッカイ狼っていうか……。



 魔獣?



 みたいなのが来てるんですけど……?


「な……なぜ貴様が……!? ワシの妻を殺った貴様……! 今までずっと探し続けていたぞ……! 異国の者の匂いに釣られてやってきたとでもいうのか……! ここで会ったが百年目。刺し違えてでも妻のかたきは取らせてもらう!」


 そういって飛び出すじいさん。


 けど流石にサイズが違う。

 じいさん、一瞬で魔獣に押さえつけられてしまう。


 え、これどうすれば……。


「こっちだ、バカヤロー!」


 ミキオが叫ぶと、魔獣がくるりと振り返った。


「うぉ……! こ、怖くねぇからな、てめぇなんか……!」


 急に青ざめたミキオが精一杯の強がりを見せる。


「グァルゥッ!」


 狼がじいさんから足を離すと、ミキオに向かって駆け出した。

 と同時に。


「タマ! 頼んだぁ!」


 聞き慣れたおやっさんの言葉が耳に入ってきた。


『タマ』


『タマ!』


『タマぁ!』


 脳裏に蘇るおやっさんの姿。


 タマ──俺だ。俺の名前だ。

 俺だよ、玉井安吾!

 おやっさんの──。

 大石幹雄の。



相棒バディの名前だぁぁぁぁぁぁあ!」


 

 ジャケットからスマホを取り出し、ライトで魔獣を照らす。

 動きを止めた魔獣の腹に警棒──ならぬ棒っ切れで一発、ドガン!


 どうだ! こっちはプロだぞ! 棒きれ振り回して何年だバカヤロー!


 そして、よろけた魔獣をおやっさんと二人で。


「制圧!」


 ハ……ハハッ……。


 なんだよ……。

 

 なんで俺、異世界で。

 クソガキ化したおやっさんと。

 いつもの連携で魔獣倒してんだよ……。

 体に染み付いてんな……ちきしょう……。


「おう、タマ! まぁまぁってとこだな!」


 マジでおやっさんみたいなことを言うミキオ。


「てか、ミキオ。お前、『タマ』って」


「あれ? なんか自然と口から出てたな。ま、いいじゃねぇか、細かいこと気にすんなよ、タマ! あ? っていうか、お前の方こそ『ミキオ』って」


「あ~? あんな無茶なことするようなやつに『くん』付けで呼んでやる義理はねぇな。『ミキオ』で十分」


 本当は『おやっさん』って呼びたいんだけどな。


「っ……お前ら……」


 木こりのじいさんが足を引きずりながらやってくる。


「本当に……何者なんだ……?」


「ハハッ……なんでもないですよ。ただの日本の──」


 そう、俺とおやっさんは。


 今でも。


刑事デカです」


 刑事デカで。


 相棒バディだ。

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