7.相場を知らない情報提供者vs思いのほかでかい情報が来て驚いている情報屋

 ◇


 事務所についた俺は、情報についてしゃべる前に「なぜ俺に声をかけたのか」について聞いた。


 俺はいま、情報屋に売ってしまいたい情報を抱えていて、ちょうどそんなときに都合よく情報屋がくる。これはだれがどう見ても怪しい。


 例えば俺が〈魔術・弓〉を獲得した瞬間を目撃していて、その情報目当てに近づいてきたとか、目撃した誰かからその情報を買って、そこから俺に目星をつけたとか。そんな可能性もある。


 そうだったとして、そのことを悪いというつもりはないが、覗き見をしてそれを隠している場合、モラル的に良いとは言い難い。そういことをする手合いは、できればあんまりお近づきになりたくない。


 目の前のカレンがそういう手合いなのかどうかを確かめるために、俺に声をかけた目的を聞いた。素直に覗き見をしてというなら悪くはない。それ以外の理由を言った場合は、それが嘘かどうか、そもそもその理由は納得しうるものかで判断しようと思っていた。


 で、その答えは要約すると「なんとなく面白そうだったから」だそうだ。俺がログインしてから広場で茶番をやっていたのを見ていたらしく、それでVR経験者であると直感し、声をかけることにしたのだと。


 まぁ納得はできる。情報屋をやっているプレイヤーは基本ロールプレイをゲームのメインにおいている変人だ。行動の基準がロールプレイのためであることが多く、「面白そう」という理由はこういう人種にとって十二分に行動の理由になる。


「理由は理解した。つまりフレンドになりたいのとここのクランの宣伝ってことだな」


「まとめるとそうなるね。情報屋の説明はいる?というかさっきは情報屋に用がありそうな様子だったけど、何か知りたい情報でもあるの?」


 カレンに対して敬語は解いておいた。この先、ゲームをプレイする中で情報屋との付き合いは多くなるだろうし、向こうのロールプレイ的にもあんまりよそよそしいのは合わない気がしたからだ。


「説明は必要ない。ご推察の通り、情報屋に用がある。ただし売るほうだ」


「へぇ、アイシオ君は始めたばかりの初心者だと思ったけど、それでも売れる情報があると?」


 すっと値踏みするような視線を向けられる。やはりこのカレンというプレイヤー、見た目や言動より強かなタイプだ。まぁ第一印象がこっちの性別を間違えてきたロールプレイタイプの変人なので、最初のハードルが低すぎるだけという可能性もあるが。


「まぁそちらの情報を把握しているわけではないので確かなことは言えないが、それなりに価値のある情報だと思うよ」


 相手に合わせてそれっぽいロールプレイをしておく。情報屋を相手にするコツはロールプレイを切らさないことだ。情報を公平に!みたいなそれらしい理由を並べてても、情報屋なんて儲からないプレイングを積極的にやってる時点でロールプレイ大好きなプレイヤーであることは間違いない。


 今回は「強気で情報を売り込む俺とそれに対して負けじと値切るカレン」といったところか。ぶっちゃけ俺はこの情報の相場とか全く分からないのであくまでフリだが、楽しいしやり切ろうと思う。


「へぇ、それはそれは。といってもこっちもシンシャで最大手の文屋だからねー。そんなうちに売り込むとは、いったいどんな情報なのかな?」


 お、文屋って言葉いいな。今日日、新聞会社が軒並みネットオンリーに舵を切っているなかで、文屋とか聞かんからな。ある意味それっぽさは出る。


 さて、こういうときの選択肢は、情報を小出しに出すか、一番インパクトのあるの情報を出すか。まぁ今俺が取れるのは後者だけだ。小出しにするのはこちら側にもどんな情報に価値があるのかの知識がないとぐだってしまいがちだ。ここはドーンといって相手の反応に合わせたロールプレイで行こう。


「単刀直入に言おう。〈魔術・弓〉が習得可能になった。条件で発生するタイプでその条件も明かす用意がある」


 そういって可視化された習得可能なスキル一覧をしめす。


「!!??魔術・弓って何?!全然聞いたことないんだけど!?ていうかこれシリーズものだよね、剣とか槍とかある感じ!?ていうか条件までもうわかってるの?え、ホントに?」


 あ、ロールプレイ崩れた。カレンの慌てようを見るにこれは結構な情報だったようだ。良かった、一人で抱えなくて。


「はい、いったん落ち着いてー深呼吸して―」


「そういうのいいから」


「はい」


 怒られた。あの状態の人と話せないから必要な措置だったんだけどなぁ。


「えっと、俺がわかるのは〈魔術・弓〉の条件だけで、多分だけど別ルートの習得手段があると思う。だからほかのシリーズがあるのかとかはわかんないかな」


「それはそうだね。というか情報の中身がわかんないとそういう推測もできないね」


 まぁそうだろう。そもそもどういうスキルなのかもまだ説明してない以上、名前だけで判断はできないだろう。


「とりあえず、うちは今のところ〈魔術・弓〉なんてスキルは全く知らなかった。あとで検証班と編集部に問い合わせるけど、多分全く新しいスキルだと思う」


 ここでいう検証班と編集部は多分、別のクランだろう。確かそんな名前のクランがいたはずだ。検証班は名前の通り、いろんなゲームシステム的な部分を検証する人の集まり。編集部はゲーム外の攻略wikiを充実させることに全力を注いでいる人たちの集まりだったはずだ。


「そうなると、スキル自体の有用性にもよるけど最低でも10M、一千万AGはくだらないと思う」


「いっせん??!!」


 今度はこっちが驚かされた。いや一千万が実際どれくらいの価値なのか実感を得てないのだが、安いということはないだろう。それが最低値となると新スキルの情報とは思ってる10倍重要であるらしい。


「新スキルの情報が高いってのもあるんだけど、このスキルの内容も重要だねー。名前的に弓をもって魔術を使うのは確定でしょ?今まで魔術とアーツの複合って成功例ないんだよね」


 カレンはスキルの名前からある程度中身を推測していたらしい。やっぱ割とできるタイプの人だなこの人。


「で、どうする?スキルの性能が私の想像通りならもっと吊り上げることもできると思うよ?」


 軽く牽制しつつこちらの行動を促してきた。これはロールプレイじゃなくてガチの交渉っぽいな。さすがに本職相手に本気の交渉はしたくないな。というか一千万以上の大金をいきなり渡されても今は使い道がない。ほとんどの高レベル装備は装備制限があるから、100万の弓を買って無双!みたいなことはできないからね。


「いや、10Mももらえるなら十分だ。その代わり買う側で来たときは安くしてくれ」


「そう、じゃあ売買成立ってことで。聞く前に注意事項の説眼だけさせてね」


 ここで話した情報をすぐに別のところで拡散しないでとか、情報はある程度資金が回収できた時点で公開される。拒否もできるけど、その場合は買取が安くなるよとか。割と一般的というか、別ゲーでも聞いたことある注意事項に同意して売買契約が成立した。

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