6.変な初心者(side:カレン)

 ◆


「おお、壮観だねぇ」


 私は今、始まりの街シンシャへと来ていた。あたりは普段になく人であふれかえっており、いつもより何倍もにぎやかだ。


 レベル的にはもうとっくに次の街どころか、最前線手前ぐらいまで行ける私が、なぜ初心者向けの街に来たかというと、情報収集のためで。


 クラン:シンシャタイムスの記者として常に情報を集めている私は、この広い世界を東奔西走行ったり来たりしている。ではなぜこの街に来たか。こんな最初の街にはもう大した情報なんて残ってないのでは?そう思う人も多いでしょうけど、実際はまだまだ残ってるんだよねぇ。最近も、クリアするとSPがもらえる新クエストみたいな実用的なものから、どこそこの貴族が社交界で黄色い服を着ていただとか、地下水道を探索していたら迷いに迷って最終的に近未来なロボットにエンカウントしたみたいな眉唾な情報まで集まってきている。そんな情報役に立つの?と聞かれれば、大いに立つ。と答えるだろう。


 例えば貴族の服について。このゲームは何というか変なところまでリアルなので、NPC相手に商売しようと思うと顧客の需要を読む、みたいなプレイヤースキルが大事になってくる。そして、金払いのいい貴族の流行を押さえておくのは、情報屋の嗜みなのだ。まぁ正直、こういう情報はそんなに売れるものでもないのだけど、情報屋のロールプレイ的には集めておきたい。貴族の情報を集めて次の流行をピタリと充てるなんてできたらきっとカッコいいでしょう!


 そんなわけでよくシンシャの街に遊びに来るのだが、今回はそれ以外の目的もある。いまシンシャの街は、夏休みシーズンを機に新規参加した初心者が大量に集まっている。そんなイベントの中でクランがやることは決まっている。広告と新歓しんじんかんゆうだ。うちのクラン的には勧誘のほうはそんなに重要じゃなくて、どっちかというと広告のほう。うちで発行している新聞を販売することで、情報屋クランとして知ってもらって、将来的に顧客や情報源になってくれたらうれしいなぁという目的で、結構高い場所代を払って、始まりの広場に屋台を出して、新聞販売にいそしんでいるのだ。


「いらっしゃい!シンシャタイムスの新刊、1部100AGだよー」


 というわけで、あくまで名前を売ることが目的なので、売り子としてそんなに売る気がない呼びかけをしつつ、新米プレイヤー達を観察する。彼らの中には将来的に良いビジネスパートナーになりうる人材がいるかもしれない。記者にとって良い情報提供者はいくらでも欲しいので、初心者のうちに声をかけてつながりを作っておきたいのだ。


「ん-面白そうな子はいないかなー」


 小声でつぶやく。初心者のうちから面白そうとかあるのか、というと割と見てるとわかるのだ。基本、良い情報提供者とは主に二種類だ。何らかのトップにいるようなプレイヤーか、唐突によくわからないところから情報を発掘してくるプレイヤー。前者は、まぁ一言でいうなら優秀なプレイヤーであり、初心者のうちから見極めるのは難しい。ただ後者の、端的に言って変なプレイヤーは、初心者のころから一貫して変なプレイヤーであることが多い。なのでそう言ったプレイヤーに目星をつけるためにこうして売り子をやっているのだ。


「あ、いらっしゃいませー。こちらシンシャタイムスの新聞販売を行っております!新刊100AG、アーカイブを購入希望の場合、販売所で購入可能になってまーす」


 屋台に興味を持ったプレイヤーにクラン:シンシャタイムスの宣伝をしていく。思いのほか興味を持つプレイヤーが多いし、せっかくだからと買っていく人もちらほらいる。これは完売まであるのでは?しょうがないとはいえここ最近の新聞の売り上げは低迷していたので、新鮮さとうれしさが結構すごい。


「もう100部売れてる!今日だけで1000部行けちゃうかも!」


 あくまでロールプレイなので、購入されなくても廃刊になったりはしないけど、記事を書いている記者としては読まれるのは嬉しい事だ。わがままを言ううなら今日買っていた彼らにはリピーターになってほしいが、難しいだろうなぁ。


 そんな風に悲喜交々な感傷に浸っていると、新たなプレイヤーが広場に現れる。


 特段容姿に特徴があるわけではない。小柄で中性的な顔立ち。整った容姿はゲームなので別段珍しくなく、無難なキャラメイクといった印象だ。そんな珍しくもないアバターのプレイヤーが妙に気になった。


「なんというか、VR慣れしている感じかな?あんまり初心者ぽさがないね」


 感じた違和感を言葉にしてみる。多分、彼か彼女かわからないが、あのプレイヤーはほかのVRゲームをそれなりにやったことがあるのだろう。周りのプレイヤーがはしゃいだり、すぐにチュートリアルを始めたり、いきなりスキルを選んで原型武器を装備したりしている中で、何かを確かめるように地面に触れたり空を見上げたり耳を澄ませたりしている。あれはVRゲーマー仕草というか、今までのゲームと比べて今やっているゲームのクオリティーやリアリティーを最初に確かめるための行動な感じがする。


「あの子は声かける候補だね」


 さっき言った変なプレイヤーというほどの行動ではなかった、ほかのVRゲームの経験者はそれはそれでコネを作る価値のある相手だ。それまでの経験からイベントフラグへの嗅覚を持ってたりするので、面白い情報を手に入れたりするんだ。


 あと30分ぐらいで交代の子が来るからそのあと、今の子を含めて何人かに声をかけていくことにしよう。


「最後はあの子だけだね」


 交代のあと、何人かに声をかけてフレンドになれたりなれなかったりして、残りはあの少女だけだ。あのあと、15分ぐらいしたところで街を一周してきたっぽいあの子が、屋台の近くで独り言を言っているのが聞こえた。多分、声質的に女の子だと思う。で、内容は平原は人が多そうみたいなことを言っていた。


「となると、ログアウトしてなければ北に言った可能性が高いね」


 平原の次に簡単で、人も平原に比べれば少ない。ログアウトの可能性も低いだろう。人の多さを気にしている様子だったし、時期的にこれからどんどん人が増えるんだから早めに次の街まで行きたいだろう。


「となれば、一番合える可能性が高いのは北門あたりかな。まだ帰ってきてないといいけど」


 すでにあの独り言を聞いてから1時間以上たっている。戦闘せずにまっすぐ走れば、森まで片道で5分もかからないのでまだいるなら、数十分は戦っていることになる。パーティーを組もうとしている感じでもなかったので、ソロで言っていた場合、そろそろ疲れてくるころ合いだろう。あの森は、強くないとはいえモンスターとの遭遇率が高いので連戦になりやすい。


「そういうフィールドの情報が買えるっていうのも訴求ポイントになるかな」


 いや、VRMMO経験者なら情報屋の存在にも慣れてるだろうからすでに知ってるかもしれない。


 そんな風に交渉の仕方に思いを巡らせながら、北門が見える喫茶店で彼女が来るのを待つ。


 結局、彼女ではなく彼が北門から帰ってきたのはそれから2時間たってからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る