5.情報はあればあるほうが良いとは限らない
俺の試したいこととは「魔術を弓矢で飛ばせないか」というものだ。何を馬鹿なと笑われそうだが、一応できそうだと思う理由もある。魔術を変化させて遊んでいた中で一つ不思議なことがあった。基本魔術は変化させても元に戻せる。魔術で出した丸い水球をつぶして平たくしても、もう一度丸めれば元に戻せる。なのに2回だけ元に戻せなくなったことがあった。ひとつは、押しつぶして回転させる、いわゆるウォーターカッター的な形状にしたとき。もう一つは細長く整形して矢のような形にしたとき。
この2つがなぜ元に戻せなかったか?これは仮説だが、【ウォーターボール】が別の魔術に変化したのではないかと思う。回転させた奴はそのまま【ウォーターカッター】、矢のほうは【ウォーターアロー】に変化したのではないか。実際にそんな魔術が実装されているのか知らないが、多分間違ってはいないと思う。
で、アローについてなのだが、なんというかこれは感覚的な部分の話なのだが、アイテムとして扱えそうだったのだ。
このゲームに限らず、VRにおいて相互作用ができるものとできないものは明確に扱われ方が違う。システム的に動かせない壁と爆弾とかを使えば壊せる壁は、よーく観察してると、情報量の差というか「あ、ここ多分壊れるな」という感覚が伝わってきたりするのだ。そういった扱われ方の差、みたいなものを仮称・ウォーターアローに感じたのだ。
そして思うわけだ。「これ矢ってことは弓で撃てるんじゃね?」と。
「別に失敗して何かを失うわけでもなし、試してみる価値はあるよな」
そういって俺は手元に水の球を発生させすぐに矢の形に変形させる。もう3時間もやり続けているので簡単にできる。
そして左手に弓を持つと、明らかにウォーターアローから感じ取れるアイテム感が強くなる。間違いなくこれを弓に番えることができるという確信が芽生える。
「これでただ飛ばせるだけで、【ウォーターボール】と変わりませんとかやめてくれよ」
多分、これができるということはそんなに有名じゃないと思う。弓と魔術の組み合わせは冷静に考えて微妙だし、その組み合わせをとったうえで魔術の変形という微妙に珍しい技術を持っている必要がある。つまりレアだ。ゲーマーとして、レアな技能を持っているというのは興奮するに足ることだ。是非とも使えるものであってくれ。
そんな願いを抱きつつ、水でできた矢を直接、手で持とうとする。本来なら魔術に触れた時点でノックバックとダメージが入って終わりなのだが、今回は違う。矢の周りに透明な何かがあるように本体まで届かず、その透明な何かごと魔術を持つことができた。
「あとは〈弓術〉アーツと併用できるかどうかだ」
【狙い撃ち】
俺は唯一持っている弓術アーツを起動する。
っ!発動した!矢がないとこのアーツは発動し得ない。発動したということはつまりこの水のやをアーツを使って打ち出せるということだ。
驚愕と歓喜の思考をいったん打ち切り、モーションアシストの誘導に従って水矢を番え構える。狙いはゴブリン。距離的に外しようがないので、問題は威力だ。
矢を放つ。アーツの緑色の光と魔術の水色がまじりあって2色の尾を引きながら、ゴブリンの心臓めがけて飛んでいく。刹那の間に胸に届いた水矢は、刺さり、そして貫通した。
「Gugyaa!!???」
『レベルアップしました』
ゴブリンが悲鳴とともに倒れたすぐあと、レベルアップのアナウンスが彼の臨終を告げる。
「マジか……」
俺は今の光景を信じられないといった様子で呆然と見ていた。
なぜこんなにも驚いているか。それはゴブリンを一撃で葬ったこと、ではない。そもそもこの辺の敵はもとより一撃だったのだ、ゴブリンがどの程度のモンスターなのか知らないが一撃で倒せた程度でこんなにも驚かない。ではなぜか。それは打ち出した矢が貫通したことにある。今まで3時間戦ってきた中で、貫通することはおろか矢の半分も刺さったりはしなかった。それが今撃った水矢は貫通したうえで、勢いそのまま後ろの地面に突き刺さった。すさまじい貫通力だ。これで威力は低い、ということはないだろう。
そしてもう一つ、レベルアップの前、アーツで矢を打ち出したときにアナウンスが聞こえた。
『条件を達成しました。スキル〈魔術・弓〉が習得可能になりました』
つまり、今の一連の動作がスキルとしてまとめられるらしい。ぶっちゃけ習得可能になった、というのは実はそんなに重要ではない。別にスキルなしでも再現できるので、一発で水矢が出せるようになるのかな?程度の感想しかない。どちらかというと〈魔術・弓〉という名前のほうだ。どう考えてもこれ〈魔術・剣〉とか〈魔術・槍〉とかそういうシリーズがあるタイプだよな。で多分この情報は広く知られていない。こーれは面倒なことになりかねんぞ。
単に俺だけができるとか、特殊技能がありますとかなら、嫉妬は受けるだろうがそれ以上はない。ただこれがほかの人にも習得できる可能性がありますとなると一気に変わる。教えてほしいと聞いてくるならいいが、面倒なタイプのプレイヤーが脅迫まがいの絡みかたをしてくるかもしれない。
「思ったより面倒な情報が出てきたぞぉ。あんまり一人で抱えたくねぇタイプの情報だぁ」
MMOにおいて自分だけの情報はアドバンテージになるのだが、同時にとんでもないトラブルの種になる。こういうのを抱えて賢く立ち回るのとかくそめんどくさいから、とっとと誰かに吐いてしまうほうが個人的には楽だ。
「このゲームって情報屋いたっけか」
情報屋、VRMMOだとかなりの割合で発生するロールプレイ勢。ぶっちゃけ情報は秘匿すれば徹底的に秘匿できるし、少しでも漏れると一気に広がるので情報で儲けるのは結構難しい。それでもたいていのゲームで情報屋がいるのは、抗いがたい浪漫があるからだろう。
自分だけで抱えるには大きすぎる情報を得てしまったときは情報屋に駆け込んで、金に換えるのが一番楽だ。
「レベルも上がったし街に戻って情報屋がないか探すかぁ」
はぁ、本来なら手札が増えて喜ぶべきなんだろうが、それ以上に面倒が大きい。変なのに絡まれませんように。
そんなことを願ったから駄目だったのだろうか。フラグは成立していたらしい。
街の北門をくぐったあたりで俺はプレイヤーに絡まれた。
「ねぇ、そこのお嬢さん、少しお話いいかな?」
明らかに高レベルっぽい軽装の女性プレイヤーがこっちを向いてそんなことを言い出した。
俺はお嬢さんではない。なので無視した。
「無視はさすがにひどくない!?別にカツアゲとかじゃないから、ほんとにちょっとお話しするだけだから」
くそ怪しい。というか”お嬢さん”が俺に向けられたものであることが確定した。
「俺はお嬢さんじゃなくて男です。で、初めましてですよね?何の用ですか?」
「え、声……」
「単に声が高いだけです。用がないなら行っていいですか?」
「まってまって、お嬢さんって呼んだのは謝るから」
ぶっちゃけそこは怒ってはいない。もとから声が高いのもあって、VRゲームだと女に間違われることが多々あったので慣れている。なんならリアルでも身長が低いのもあって勘違いされたことがある。その時はさすがにちょっと傷ついたが。
「えっとお姉さん、シンシャタイムスの記者をやってるんだけど。まぁわかりやすく言うと情報屋クランのメンバーなんだ」
情報屋!?マジ情報屋!?面倒とか思ってごめんお姉さん、まさに渡りに船だったは。
「お話ぐらいいいですよ。さすがにこんな往来だとあれですよね。どこか行きます?事務所とかこの町にある感じですか!?」
「うわ、急に積極的になるね。そうだね、ここからだと事務所が一番いいかな」
よしよし、向こうから伝手がきた!情報を売る分には断られることもないだろう。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。初めまして、アイシオです。今日このゲームを始めた初心者です」
「あ、忘れてた。私はカレン、さっきも言ったけどシンシャタイムスっていう新聞社で記者をやってるよ。いろんな情報を集めてるから、どんなことでもぜひ持ち込んでね」
自己紹介を終えた俺はカレンに案内されて事務所へと向かった。
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