第3話:死にゆく者からの別れ



   1時間後

   海軍前進基地



基地に到着し、武器庫で首尾よく装備をまとめると、出口で迎えの下士官が待機していた。


「アレックス・コール少佐ですね?」


「そうだ」


「少佐を基地南東の格納庫へお連れするよう指示を受けています。こちらへ」


俺は下士官に案内され、武器庫の脇に駐車してあった黒いSUVの助手席に乗り込んだ。下士官は丁寧にも俺が乗ると助手席のドアを閉め、それから自分はてきぱきと運転席に座った。


下士官が車を走らせている間、俺はスマートフォンで事件の情報を収集してみた。SNS上では既にいくつかの記事がアップされていた。しかし情報は錯綜しており、中には船長は既に殺害されているとのフェイクニュースまで拡散されていた。


そのとき、電話が鳴った。上官のキャラハン中将からだった。


「こちらコール」


〈少佐、いまどこだ?〉キャラハンがいった。


「基地に到着し、格納庫に向かっています」


〈よし、今のうち事件の詳細を伝えたい。衛星電話を使って掛け直してくれるか?〉


「了解。10秒ほど待ってください」俺は電話を切ると傍受不能セキュア衛星電話を取り出し、再びキャラハンに連絡を取った。「現場はどんな状況です?」


〈切迫している〉キャラハンはきっぱり言った。〈我々との交渉は決裂。現在は海軍のミサイル駆逐艦ベインブリッジが出動し、パトナ号を追跡中だ。人質はダラス船長一人。海賊の頭数は不明だが、救助された乗組員たちからの証言によると、10人以上はいるらしい〉


「連中の行き先は?」


〈貨物船を着岸させ、船長を収容所に連れて行きたいようだ〉


「つまり我々の任務は、ソマリアに着岸する前に貨物船を押さえるか、収容所を強襲するかのどちらかですね」俺は話をまとめたつもりだった。


だがキャラハンの声のトーンは低めだった。


〈そういうことになる。こちらとしては、今すぐにでもソマリアに飛んでいきたいところだが、実は政府の決断がまだなんだ〉彼はため息交じりにいった。


「決断にこんなに時間が掛かっているとは」


〈なんたってワシントンだからな。だが、出動命令が出たらすぐ飛べるよう準備しておいてくれ〉


「了解しました。事前通知感謝します」


〈君の部下たちにもこの件は共有済みだ。格納庫で彼らと合流し、命令があるまで待機しろ〉


そこで電話は切れた。





格納庫の入り口にたどり着くと、駐機している整備中のブラックホークヘリコプターの手前に3人の人影があった。俺の部下たちであるとすぐに分かった。全員立ったまま何やら話し合っている。俺がSUVから降りると、その中の一人が気付き、歩み寄った。


褐色の肌に頬と顎を覆う粗い黒髭、楽しげな茶色の瞳。「よお兄弟コール、遅かったな」


男は陽気な声を上げた。


「よお、ロドリゲス」


俺は部下であり相棒のロドリゲスと拳を突き合わせた。ラテン系の熱烈なクンフー映画マニア。だが、今のこいつをご機嫌たらしめるものはスペインの太陽でもジミー・ウォングでもなかった。


「話は聞いたよ。女の子だって?」


「ああ。女房の奴、赤ん坊が女だと分かるや否や、さっそくamazonでラプンツェルのベビー服を購入してたよ」


ロドリゲスは苦笑を漏らした。家族とマイホームを手に入れた、文字通りアメリカンドリームを体現した男――。


「そういえば、お前に渡したいものがある」そう言ってロドリゲスはおもむろに弾丸のエンブレムが施されたジッポライターを差し出した。


「これ、お前がいつも愛用してたやつだろ?」


「ああ、だがもう使うこともないからな」


「すっかり良いパパだな」俺は彼からライターを受け取った。それから声のトーンを少し落とし、「予備の隊員もいる。望むなら作戦から外れることも…」


ロドリゲスは片手を挙げて制した。


「おいコール、そりゃあ俺に対する侮辱ってもんだぜ。引退までまだ時間はある。最後までやり遂げさせてくれ。中途半端じゃ、産まれてくる子どもにも示しがつかん」


「言うと思ったよ。相変わらずだな、ロドリゲス」


それから俺は、もう2人の部下たちにも視線を投げかけた。


まずはエローナ。チームの紅一点で優秀なスナイパー。スラヴ系アメリカ人で、切れ長のアイスブルーの瞳は刺すように鋭い。肩まで伸びる金色の髪は無造作になびかせている。クールな性格で、どんな過酷な状況でも自分を保っていられる。俺はそこが気に入っていた。クリス・カイルの熱烈な信奉者でもあり、彼の自伝「アメリカン・スナイパー」をバイブルのように持ち歩いているとの噂を耳にしたことがある。


そしてランサーは、チーム最年少の隊員だ。衛生兵であると同時に、特殊偵察のプロ。彼の防弾ベストにはゲーム「ギアーズ・オブ・ウォー」のロゴがペイントされている。お察しの通り、この若者は重度のゲームオタクだ。中でも「HALOヘイロー」や「バトルフィールド」といったその手のシューティングゲームを好む。


2人とも簡単に挨拶を交わしたところで、再び電話が鳴った。キャラハンからだ。


「コールです」


〈少佐、出撃許可が降りた〉


それを聞き、体中の筋肉が少し引き締まった。


〈ブラックセルをシールズの先遣隊としてソマリアに派遣することが正式に決定した。現在はベインブリッジが事態を掌握しているが、到着後は君が指揮を取れ。ザ・ハウスホワイトハウスも我々に全権を託している。任務は、海賊共がソマリアの地を踏む前に貨物船を押さえ、ダラス船長を救出することだ〉


「了解。それで、交戦規則は?」俺は尋ねた。


〈人質の命を最優先に。それ以外、容赦はするな〉

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