第2話:恐れるのは奴らだ


 

  1ヶ月前

  2030年5月24日 04:30

  アラビア海 ソマリア沖



〈ヴァルチャー・ワンより各員へ。到着予定時間60秒〉


パイロットのアナウンスがUH-60ブラックホーク・ヘリコプターの乗員室キャビンに響き渡る。それを聴いた俺たちは装備の最終チェックを行った。


メインウェポンとなる消音器サプレッサー付きのヴァイパー自動小銃アサルトライフル、それから肩のホルスターに装着したガバメント自動拳銃ハンドガン特殊閃光音響手榴弾フラッシュ・バン2個。万能ナイフ。


一通りの確認を済ませ、咥えていたタバコをもみ消した。反対側に座っている部下のロドリゲスはそれを見ると笑って、「呆れたぜコール。こんな時でもタバコとは」


「せっかくお前さんから貰ったプレゼントだ。使ってやらないとな」俺は弾丸のエンブレムが施されたジッポライターを見せびらかした。「そういうお前も吸いたいんじゃないか?」


「よせよ、禁煙するって誓ったんだ」


「神に?」


「嫁にだ」


キャビンの灯りが落ちると、いよいよ緊張感ある空気が漂い始めた。キャビンにはロドリゲスの他にもう2人部下が乗っている。全員、この手の任務を数多く経験してきたベテランのブラックセル(米軍の有する対テロ特殊部隊)隊員たちだ。


各自ヘルメットに装着された暗視ゴーグルを目の前に下げ、視界の調整を行った。ダークグリーンの視界に、ターゲットの貨物船がはっきりと映し出される。


それは全長50メートルほどの中型規模の貨物船で、船体は黒い金属性。ブリッジは船首寄りにある。船体の右舷にはクレーンが2基搭載されており、甲板上には様々なサイズのコンテナが詰まれていた。激しい雷雨にさらされながらも、船尾に刻まれた船名――パトナ号――も読み取れる。


「あれがターゲットの船だ」耳をろうするブラックホークの回転翼が立て騒音に負けないよう、俺は声を張り上げた。「貨物船に乗り込み船内の安全を確保した後、人質を救出する。時間がない。手際よくやるぞ」


〈10秒。無線チェック。安全な通信路を使用せよ〉


降下地点に迫ると、一気にブラックホークが減速し始めた。俺は胃の具合がおかしくなった。そしてガクンと機体を揺らして、ブラックホークは船首のブリッジ上で空中停止ホバリング飛行に移った。


機付長がヘリ側面のスライド扉をあけると、エンジンの轟音が耳朶を討ち、ソマリア沖の突風と雨がキャビンになだれ込んだ。


「行け!ゴーゴーゴー!」


機付長が降下を合図した。


突入を開始するロック・アンド・ロード


俺が先陣を切って降下態勢に入った。機体の胴体から垂らされたロープを握りしめ、床の鉄板を強く蹴る。そして首尾よくロープを滑り降ると、着地寸前で減速した。ブリッジ手前の甲板にどすんと足が付くと同時に荒々しくヴァイパーを取り出す。間髪入れず、後続のロドリゲスたちもブリッジへ着地した。


眼前のブリッジ内には4つの人影が見える。彼らが半裸の黒人であること、そして全員がAK47自動小銃アサルトライフルで武装していることを俺は瞬時に確認した。間違いなくソマリアの海賊たちだ。


「攻撃を許可」


俺の合図と同時に、全員でブリッジめがけ容赦なく発砲した。突然空から降ってきた特殊部隊員たちを前に唖然とする4人の海賊たちは、窓越しに銃の一斉掃射を喰らい、成す術もなくちぎれ飛んだ。


タンゴ沈黙ダウン


ロドリゲスが報告する。


「オールクリア、ブリッジを確保。各員、指定位置に進め」


部下の一人が金属扉を開けると、俺は血と弾薬の強烈な臭いに包まれるブリッジに突入した。それから床に転がる海賊たちに完全なるとどめを刺すため、さらに銃弾を撃ち込んだ。最後の銃声が全てを締めくくる感嘆符のように鳴り響く。連中はみな息絶えた。


今この瞬間、俺たちにとって最大の武器は〝奇襲〟そのものにあった。こちらの存在を悟られる前に相手の戦力を削れるだけ削っておく。動く者は撃て。狩猟本能を研ぎ澄ませ。俺は自分の心にそう言い聞かせた。


狩りの時間はまだ始まったばかりである。





  12時間前

  アメリカ ヴァージニア州



この日、アメリカ国籍の貨物船パトナ号がケニアのモンバサに向かう途中、ソマリア沖で海賊にシージャックされる事件が発生した。幸い、機転を利かせた船長のジム・ダラスは乗員たちを救命ボートで緊急避難させることに成功したが、彼自身は海賊たちに囚われてしまった。海賊は船長の命と引き換えに、合衆国に身代金を要求している。


事件発生当時、俺は休暇中だった。古ぼけたダイナーの一角。泥水の味がするブレンドコーヒーを片手に、ぼんやりとタバコをくゆらせる。


気だるい午後の空気が辺りに満ちていても、レイ・チャールズの歌は変わらない。


2本目のタバコに手を伸ばした。使い捨てライターの先でほのおが躍る。そしてタバコの先からは紫煙が蝶のように舞った。


カフェには俺の他にも数名の客がいた。食事ランチを終えた能天気な連中が談笑に浸っているようだった。


奴らの会話から耳障りなジョークが漏れ聴こえるたびに俺は辟易し、そして任務のことを考えた。油っぽいスクランブルエッグを食いきれなくてゴミ箱に捨てるこの国で俺が力を鈍らせている間、世界の果てではテロリストたちが力を貯えている。


戦いが終わる度いつもこう思う「二度とご免だ」と。それなのに、しばらくすると硝煙と死臭に満ち溢れたあの戦場のことが恋しくなる。全くおかしな話だ。俺の本当の居場所はどこにあるのか。


運命はそんな惨めな俺を見兼ねたのか、あるいは単にいたずら好きなだけのか、ともかくその話は俺の元に突然届けられた。ルームサービスのように。


携帯が鳴った。軍からだった。事件の詳細を知らされた俺は急遽、海軍の前進基地に集合するよう命令を受けたのだ。

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